白鶴梁
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全長1600メートル、幅10メートルから15メートル、ないし、25メートルで、長江の流れと並行するように長く伸びている[3][4]。
そこには、165段にわたる文字が刻まれており、過去1200年以上の間に72回あった渇水の年における長江の水位を記録した資料となっている[3]。こうした刻まれた文字は、長江の水位が上がると水没し、渇水が起こると水面上に露出するので、古代における水位観測施設となっていた。黄庭堅・朱熹・王士禎など、数多くの歴代の文人たちが、ここに文字を刻み、のべ3万字以上がここに残されているため[3]「水下碑林」(「水中の碑文の林」の意)とも褒め称えられている。また、石の表面に魚の彫刻を施したものも18カ所ある[3]。
