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的場中

日本の鉱山学者 From Wikipedia, the free encyclopedia

的場 中(まとば なか、安政3年10月12日(1856年11月9日) - 1933年(昭和8年)4月20日[1])は、日本の冶金学者、工学博士。工部大学校(現・東京大学工学部)卒業、冶金鉱山学研究のためドイツに留学、東京帝国大学工科大学教授、東京帝国大学名誉教授の称号を得た。

的場中
的場中

経歴

伊勢国山田(現在の三重県伊勢市)出身。1882年(明治15年)、工部大学校鉱山学科を卒業。工部大学校助教授、東京帝国大学工科大学助教授を歴任した。1890年(明治23年)から1893年(明治26年)まで冶金鉱山学研究のためドイツに留学した。1894年(明治27年)、東京帝国大学工科大学教授となり、1899年(明治32年)に工学博士の学位を得た。1909年(明治42年)に退官した後は、私立明治専門学校(現在の九州工業大学)校長・教授となり、九州帝国大学工科大学講師を兼ねた。1914年(大正)3年、東京帝国大学名誉教授の称号を得る。1921年(大正10年)4月に明治専門学校が官立に移管した後も校長を務め、7月に退官。1924年(大正13年)4月から2年間は日本鉱業会会長も務めた[2]。墓所は染井霊園。

栄典

位階

著書

  • 『通気論』(丸善、1903年)

脚注

参考文献

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