皇統
ウィキメディアの曖昧さ回避ページ
From Wikipedia, the free encyclopedia
概要
歴史
古代には天皇の葬祭儀礼において殯宮において口承で読み上げられていた日嗣(「日本書紀」皇極元年(642年)12月条)[3]があり、その口承系譜である日嗣をおそらく継体・欽明朝に筆録したものが原帝紀である「帝王本紀」「帝紀」となり、この記録を記を元に「古事記」「日本書紀」が編纂された[4]。
大宝律令(701年)の継嗣令(皇族の継嗣や婚姻についての法令)では「凡そ天皇の兄弟と皇子を、皆親王とせよ。女帝の子もまた同じ...親王より五世あとの者は...(皇位継承有資格者)とはしない。」と書かれていた。この時代において、天皇の子ならば男女問わず親王として扱われ、いずれも天皇になる資格を持っていた。ただし、女性皇族は4世以上の男子皇族としか結婚できず、女系天皇が誕生する余地はなかった。
皇統の範囲と解釈
皇統とは世襲により継承されてきた天皇、皇族の系譜である。その解釈や皇統の範囲については論争がある。 國學院大學講師の高森明勅[5]や漫画家の小林よしのり[6]は皇室典範第1条に「皇位は皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と書かれていて、これは皇統には男系女系両方が含まれる前提でそのうち、男系の男子が継承するとしか読みようがない」と主張している[7]。
皇學館大学教授の新田均は、明治21年5月8日の枢密院議事録により、将来「皇統には女系も含まれる」という解釈を主張する者が現れ、女系天皇が実現してしまわないよう重複する文章にした、また終戦直後の皇室典範制定論議においても「女帝はこれを認めない」としたことから条文は適切であると反論した[8]。