益子かつみ

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益子かつみ

益子 かつみ (ますこ かつみ、1924年4月1日 - 1971年7月13日) は、漫画家。本名は、益子 勝巳。

東京都立川市出身。小学五年生の時、落書きが担任の先生の目に留まり、漫画家になるのを勧められ、講談社の『キング』や『ユーモアクラブ』に投稿し原稿料をもらったのが病みつき、将来漫画家を夢見る。しかし家業を継がねばならず、中学四年の秋、意を決して家出、知り合った旅の僧にポンチ絵の手ほどきを受け、日本各地の祭礼の燈籠絵などを描き放浪、各地の中学を転々として上京。漫画界の草分け北澤楽天門下になり漫画の指導を受けながら、本郷絵画研究所を経て川端画学校に学ぶ。徴兵で家に帰り入隊。終戦後復員し、漫画家を本職とする[1]

少女もの、時代もの、SF、動物もの、挿絵やカットまで、幅広いジャンルで執筆した[2]。『週刊少年サンデー』に連載された『快球Xあらわる!!』は、当時同誌の看板作品であった[3]。宇宙から来た野球ボール型の謎の生命体と、人の良さだけがとりえのメガネをかけたさえない少年との心の交流を描いた作品で、『ドラえもん』などの先駆とされる[3]

晩年まで学習まんがの連載と執筆に携わっていたが、1971年7月13日に脳溢血のため死去。享年47。

貸本向けの単行本を多く手がけている漫画家の湧井和夫は弟。

脚注

外部リンク

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