相引森右エ門 From Wikipedia, the free encyclopedia 相引 森右エ門(あいびき もりえもん)は、江戸時代の大相撲の第70代大関。番付上は「江戸」頭書。 天明7年(1787年)春場所(5月)、西大関として相撲界に入ったが、その場所は諸国不作で町民が困窮したため中止となり、しかもその1場所限りで引退してしまった。当該場所が中止になったため、通算成績に休場(星取表の「や」の印)すらない。 四股名は宝暦以前の強豪の四股名をそのまま名乗ったもので、九紋龍清吉が欠場するための穴埋め役であったと思われる[1]。 通算成績:0勝0敗 相引 森右エ門 春場所 冬場所 1787年 西大関引退––興行中止 x 各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 休場 十両 幕下三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) 脚注 ↑ 「相撲」編集部編 編『大相撲人物大事典』ベースボールマガジン社、2001年。 関連項目 大関一覧 看板大関 四股名#変わった四股名 外部リンク 相撲レファレンス:相引 森右エ門 この項目は、相撲に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ相撲)。表示編集 Related Articles