相良油田
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日本では太平洋岸唯一の産油地だったが、1955年(昭和30年)頃に採掘停止になった[1]。世界的にも希な軽質油であり、精製せずにそのままで自動車が動くほどである。
相良油田は、1872年(明治5年)2月に、海老江村の谷間で油くさい水が出ることと聞いた、元彰義隊士で駿府藩士であった村上
それを聞きつけた日本の石油王として知られる石坂周造が、1873年(明治6年)に菅ヶ谷に開坑して手掘りにより採油が行われ、同年10月には米国製の網堀り機が導入された(日本で最初の機械掘り)[1]。最盛期の1884年(明治17年)頃は、約600人が働き、240坑の油井から年間721キロリットル(ドラム缶約3600本分)が産出されていた[1]。
採油を停止したのち、相良油田石油坑は1980年(昭和55年)11月28日に静岡県指定文化財(天然記念物)となった。
1993年、京都大学大学院の今中忠行(現在:立命館大学生命科学部)は、 相良油田から石油分解菌「オレオモナス・サガラネンシス HD-1株」を単離した。
産出油の成分
ガソリン34% 灯油34% 軽油22.5% 重油9.5%。非常に軽質であり低粘度、ウイスキーやブランデーのような透き通った琥珀色の液体である
