相馬斉胤

From Wikipedia, the free encyclopedia

相馬 斉胤(そうま なりたね)は、江戸時代中期の陸奥国相馬中村藩の世嗣。通称は伊織。

時代 江戸時代中期
生誕 宝暦12年9月1762年
別名 伊織(通称)
概要 凡例相馬斉胤, 時代 ...
 
相馬斉胤
時代 江戸時代中期
生誕 宝暦12年9月1762年
死没 天明5年7月29日1785年9月2日
別名 伊織(通称)
戒名 洞龍院殿雲外恭眠大居士
陸奥相馬中村藩世嗣
氏族 相馬氏
父母 相馬恕胤青山幸秀
兄弟 信胤斉胤祥胤因胤肥胤
佐竹義祇正室、智恵子
テンプレートを表示
閉じる

略歴

8代藩主・相馬恕胤の次男として誕生。母は青山幸秀の娘。

確証はないが、在世中の期間は徳川家斉が将軍になる直前、すなわち将軍・家治の世子となっていた時期に相当するため、何かしらの理由によって「斉」の字を彼から賜ったものとみられる(父・恕胤が徳川家重御目見することがあったので、斉胤も家治・家斉に御目見する機会があったのではないかと推測される)。

兄・信胤が夭折したため、安永元年(1772年)に嫡子となったが、病弱のため翌安永2年(1773年)に廃嫡された。その後、相馬中村城下に移り住み、天明5年(1785年)死去した。戒名は洞龍院殿雲外恭眠大居士。

弟・祥胤が斉胤の後の嫡子となり、9代藩主に就任した。

Related Articles

Wikiwand AI