真壁房幹 From Wikipedia, the free encyclopedia 真壁 房幹(まかべ ふさもと、永禄12年5月4日(1569年5月19日) - 慶長17年7月5日(1612年8月1日))は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将。佐竹氏の家臣で久保田藩重臣。真壁義幹の子。 永禄12年(1569年)、真壁義幹の子として誕生。 嗣子がいない伯父・真壁氏幹の養子となり、文禄の役で養父に代わって出陣した。1596年頃に家督を継ぐ。後に柿岡城に移されるが関ヶ原の戦い後、佐竹氏の秋田移封に従って角館城の城将となって1,500石を与えられた。 慶長17年(1612年)に病死。実子がいなかったため、実弟の真壁重幹が養嗣子となって家督を継いだ。 なお、茨城県桜川市の楽法寺(雨引観音)には房幹が寄贈したとされる黒門が残っている。 先代真壁氏幹 真壁氏当主第19代 次代真壁重幹 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles