真板益夫
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経歴
1920年(大正9年)、千葉県君津郡三島村(現在の君津市)で、7人兄弟の3番目として生まれる[1]。生家は貧しく、炭焼きで生計をたてていた[1]。小学生の頃から炭焼きの手伝いをする[1]。小学校を卒業すると、三島村役場に雇員として採用される[1]。
1944年(昭和19年)、中央大学法学部を卒業した。1963年(昭和38年)に木更津中央高等学校を、1967年(昭和42年)に清和女子短期大学を、1973年(昭和48年)に清和女子短期大学附属高等学校を、1983年(昭和58年)に市原中央高等学校を、1994年(平成6年)に清和大学をそれぞれ開学した。
2003年(平成15年)、木更津中央高等学校と清和女子短期大学附属高等学校を統合し木更津総合高等学校を開校し、同時に清和女子短期大学を清和大学短期大学部に改名した。2008年(平成20年)、米寿を迎える。記念式典が木更津総合高等学校にて執り行われた。2015年(平成27年)、老衰により95歳(数え年96歳)で死去した[4]。2016年(平成28年)、君津学園総合体育館「至真殿」において、君津学園と木更津市の合同主催によりお別れの会が執り行われた[5]。