真田四目之進 From Wikipedia, the free encyclopedia 真田 四目之進(さなだ しめのしん、生年不詳 - 慶応4年1月5日(1868年1月29日))は、新選組隊士。四目之助とも。 出身は諸説あり、島田魁「英名録」では江戸出身、川村三郎の書簡では信州の出身で28・9歳にして剣術に長けた人とある。 新選組への加盟は慶応元年(1865年)5月の江戸における隊士募集に応じ入隊。慶応3年(1867年)の幕府召抱えでは平同士として名を連ねている。翌慶応4年(1868年)1月3日に始まった鳥羽・伏見の戦いに参加し、同月5日淀千両松の戦いで戦死した(または3日死去)。御香宮神社の名簿に名がある。北区板橋駅前に墓がある[1]。 参考文献 『幕末維新全殉難者名鑑4』新人物往来社、1986年 ↑ 新人物往来社 1986, p. 310. Related Articles