真田志ん
日本の音楽家 (1883-1975)
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経歴
人物・流派の継承
- 松代における八橋流は幕末に藩主真田幸貫が藩士に銘じて譜本を作らせ、真田勘解由家が三冊を伝承していた。
- 夫は五明亘。婿養子として真田姓となる。
- 父方の祖母の真田由婦(ゆふ)と、その妹で母方の祖母でもある女子教育家・横田亀代子(横田秀雄、小松謙次郎、和田英の母)から八橋流箏曲を学ぶ。松代藩士の娘として生まれた亀代子は音楽の才に恵まれ、八橋流筝曲の奥伝を受けたほか、三味線、長唄も独学で身につけていた[2]。
- 八橋流箏曲は娘の真田叔子(1920年生まれ)に伝承され、2003年(平成15年)1月23日、真田叔子の死去により八橋流宗家としては消滅したが、その門下生らによる八橋流筝曲保存会によって現在まで伝承されている[3][4]。