矢崎藍

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ペンネーム 矢崎 藍
誕生 柴田 竹代[1]
(1940-11-06) 1940年11月6日(85歳)
東京都[2]
矢崎 藍
ペンネーム 矢崎 藍
誕生 柴田 竹代[1]
(1940-11-06) 1940年11月6日(85歳)
東京都[2]
最終学歴 お茶の水女子大学[1]
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矢崎 藍(やざき あい、1940年11月6日[3] - )は、エッセイスト作家

東京都生まれ[2]。本名・柴田竹代[1]

1963年(昭和38年)お茶の水女子大学国文科卒。大学卒業後は児童読物雑誌の編集者。1965年(昭和40年)、25歳のときに結婚し、同時に夫の住む豊田市に移住した[2][1]。結婚後は子供が生まれるまで、愛知県立昭和高等学校において非常勤講師を務める[1]。子育て中の10年間は専業主婦として過ごすが、1977年(昭和52年)から愛知県立足助高等学校で古典と漢文を教える非常勤講師となる[1]

非常勤講師として在職中の1980年(昭和55年)に短編小説集『ああ子育て戦争』がベストセラーとなり、文筆活動に入る[1]。小説執筆のきっかけは、教育雑誌のモニターをしている際に編集担当者から勧められたことによる[1]

現代付け句連句を提案。連句協会理事。ころも連句会代表。1993年より豊田短期大学教授[2]。1998年より桜花学園大学客員教授、教授。2011年退職。愛知県豊田市在住。

ペンネームは、処女作出版の際に東京に向かう車中で矢作川を渡り岡崎に出たことから想起したという[4][2]

著書

  • 『ああ子育て戦争 小説・親子事情』学陽書房 1980 のち角川文庫、学陽書房女性文庫
  • 『小説母親の条件』学陽書房 1982
  • 『幸せくらべ 小説・家庭崩壊』学陽書房 1984
  • 『女と男のいる古典の世界』学陽書房 1986
  • 『思春期ときめきヒジョーシキ』学陽書房 1986
  • 『チャーリー!』伊東美貴絵 筑摩書房 1988
  • 『みもこがれつつ 物語百人一首』筑摩書房 1989 のち文庫
  • 『チャーリーと鯖ネコ』伊東美貴絵 筑摩書房 1991
  • 『連句恋々』筑摩書房 1992
  • 『いまどき子どもの親講座』日本放送出版協会 1993
  • 『平成つけ句交差点 あなたの77、私の575』筑摩書房 1996
  • 『おしゃべり連句講座』日本放送出版協会 1998
  • 『付け句恋々』中日新聞社 2004

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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