矢田作十路
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人物
六十歳を迎えよういう時から日本南画院に籍を置き、参与として後輩の指導に携わるようになる。
日本とスイス国交樹立150周年には水墨画教室を開催したり中国・重慶市との国交では中学生に指導するなど、国を越えて、子供たちの指導にあたった。
また、教室が開催される際の下準備は主催者に任せることなく画材の準備など自分で行っていた。

写生に出かける際は妻の博美が運転して、作十路は車窓からの眺めに目をこらし、ここと思う場所を見つけたならたとえ冬の海岸であろうとも二時間から三時間はそこを動かず筆を走らせていた。
作十路は、生涯を水墨画芸術の高みを極めることに捧げ、京友禅に伝わる相伝の技法と水墨画の伝統技法を融合させ作十路ならではの至高の芸術の完成を目指していた。
没後にはさらに評価が高まり、フランスのマドレーヌ寺院、スペイン・コリア・デル・リオ市庁舎、伊勢神宮内宮神楽殿などに作品が所蔵され、守口市立現代南画美術館には1940mm×1303mmの大作「日本海冬の海」、京都府立中丹文化会館には1457㎜×1123mmの「静寂」が常設展示されている。
