矢田俊隆
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1915年、三重県桑名市生まれ[2]。1938年、名古屋市の第八高等学校 (旧制)卒業[2]。東京帝國大学文学部に進み、西洋史を専攻する[2]。1938年、東京帝國大学文学部を卒業し、同大学院へ進学[2]。1940年、東京帝國大学大学院文学研究科を修了し、同文学部の副手となる(1943年まで)[2]。
日本大学、東京女子大学などの講師を経て、1949年に成蹊大学政治経済学部教授に就く[2]。1950年、北海道大学法経学部教授となり[2]、1953年の学部改組に伴い法学部教授となった[2]。1957年以降、同大学スラブ研究センター研究員を併任する。1962年「中欧における自由と民族の問題」を北海道大学に提出して法学博士の学位を取得[2]。1979年、北海道大学を停年退官[2]、名誉教授[2]となる。同年4月から成城大学法学部教授[2]。1986年、成城大学を定年退職[2]。