矢野寛樹
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東洋大学を卒業後、1987年にテレビ新広島へ入社。大学の先輩でもある神田康秋の後継者としてプロ野球(広島東洋カープ)やサッカー(サンフレッチェ広島)など、テレビ新広島のスポーツ実況の中心を担った。2007・2011年のワールドカップバレーボールの地元・広島開催の日本戦では実況を担当。
1989年7月15日から16日にかけて全国ネットで放送された『FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島』で広島県立大学から生中継を担当。学生たちが騒ぎ、司会のタモリ・明石家さんまと会話が噛み合わない他、二人からいじられていた。
報道部への異動のため、2014年7月1日の広島東洋カープ対読売ジャイアンツ戦を以ってスポーツ中継から引退した。異動後は報道制作局局次長兼報道編集長に就任した[1]。
異動後も時折取材VTRや中継のリポーターとして出演することがある。
担当番組
- プロデューサー
- そ〜だったのかンパニー
- 西村キャンプ場(シーズン1、2)