知識ギャップ仮説

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知識ギャップ仮説(ちしきぎゃっぷかせつ、英:Knowledge Gap Hypothesis)は、フィリップ・ティッチナー、ジョージ・ドノヒュー、クラリス・オリエンによって1970年に提唱されたマスコミュニケーション理論。[1]

この理論は、社会の成員がマスメディアからの情報を、教育水準社会経済状況に応じて異なる仕方で処理するという前提に基づく。集団間にはもともと知識格差が存在するため、マスメディアはその格差をさらに別の水準へと拡大する。知識ギャップ仮説に関する議論は、仮説が依拠する理論概念、歴史的背景、仮説の操作化(どのように測定されるか)、ナラティブ・レビュー、複数研究からのデータを統合するメタ分析的支持、仮説に影響を及ぼしてきた新しいコミュニケーション技術デジタル・ディバイドの概念、そして仮説をめぐる既存の批判や学術的論争を概観する。

知識ギャップ仮説は、マスコミュニケーション研究の文献全体に暗黙裡に存在してきた。早くも1920年代に発表された研究は、個人特性が人々のメディア内容の嗜好に及ぼす影響の検討を始めている。

1929年ウィリアム・グレイとルース・マンローは『成人における読書の関心と習慣』において、成人の教育レベルが読書習慣に与える影響を検討した。教育水準の高い読者は新聞記事の主題をより速く把握し、自分の関心に合った他の種類の読み物へと移行した。教育水準の低い読者は、主題理解により長い時間を要するため、当該の新聞記事により長く留まる傾向があった。[2]

1940年、コロンビア大学のラジオ研究局を率いたポール・ラザースフェルドは、①人々がラジオを聴取する総時間と②聴取する内容の種類が、社会経済的地位とどのように相関するかを検討した。ラザースフェルドのデータは、社会経済的地位の低い人々ほどラジオ番組を多く聴く傾向にある一方で、真剣な内容のラジオ番組を聴く可能性も低いことを示した。[3]

1950年シカゴ大学の社会学者シャーリー・スターとヘレン・マックギル・ハグスは「教育施策の報告: 国際連合へのシンシナティプラン」を著し、同キャンペーンがより高学歴の人々には届いた一方、教育水準の低い人々はほとんど無視したことを見いだした。さらに、キャンペーンが影響を及ぼした高学歴層は当該主題への関心も高い傾向にあったことから、スターとハグスは、知識・教育・関心は相互依存的でありうると示唆した。[4]

1965年フィリップ・ティッチナーは博士論文『米国成人における科学知識とコミュニケーション』を執筆した。これは後に「知識ギャップ仮説」という用語が提起される論文で用いられ、分析された情報の一部の出典となった。[5]

1970年フィリップ・ティッチナー、ジョージ・ドノヒュー、クラリス・オリエン(のちに「ミネソタ・チーム」として知られる)は、原著論文「マスメディアの発信と、知識の格差的成長」を発表し、仮説を提起するとともに、その考え方を社会・公共生活や一般的に関連性の高い情報に適用した。他方で、同論文は「株式相場、社交欄ニュース、スポーツ、芝生や庭の手入れ」といった「受け手特有の話題」にはあまり当てはまらないとも述べている(Tichenor, Donohue, & Olien, 1970, p. 160)。[6]

1983年、ガツィアーノは社会経済状況に基づく知識の不平等を扱った58本の研究をレビューし、メディア曝露の差異、知識の定義、母集団の違いが、知識ギャップに関する研究成果の不一致に寄与していることを強調した。[7]

理論

ティッチナー、ドノヒュー、オリエンは、知識ギャップが生じるべき理由として以下の5要因を示唆している。[8]

  1. コミュニケーション技能:「学校教育をより多く受けた人々は、公共問題や科学知識を獲得するうえで必要となる読解・理解能力が高いと期待される」(Tichenor, Donohue, and Olien 1970, pp. 162)。
  2. 蓄積情報量:「すでにより良く情報を持っている人びとは、ある話題がマスメディアに現れたときにそれに気づきやすく、また理解する準備ができている」(同, pp. 162)。
  3. 関連する社会的接触:「教育は一般に、日常活動の射程が広く、参照集団(reference groups)の数や対人的接触が多いことを示し、それが公共問題の話題を他者と議論する可能性を高める」(同, pp. 162)。
  4. 情報の選択的接触・受容・保持:「マスメディア研究における持続的なテーマは、既存の信念や価値と整合的な仕方で情報を解釈し想起する傾向である」(同, pp. 162)。
  5. 情報を届けるマスメディア・システムの性質。メディアごとに固有のターゲット市場がある(同, pp. 162)。

 例:Tik Tok のようなソーシャルメディアは若年層を、昼間のテレビは高齢層を主に対象とする。1970年代には、印刷メディアはより高い教育水準の読者を想定して執筆されていた。

仮説の操作化

ジャック・ローゼンベリーとローレン・ヴィッカーによれば、「仮説とは基本的には研究上の問いである。研究者は理論を構成するために問いを立て、それに答える必要がある。『仮説』という用語は、まだ発展段階にある理論、あるいは十分に研究・検証されていない理論を指すためにも用いられる。研究成果の性質がやや相反的であるため、知識ギャップは未だ理論の地位には達しておらず、仮説として知られている。」[9]

1970年代以降、多くの政策立案者や社会科学者は、地域社会の成員がマスメディアを通じてどのように情報を獲得するのかに関心を寄せてきた。以後、知識ギャップ仮説の検討には多様なアプローチに基づく広範な研究が行われている。仮説の操作化は概ね次のように整理される。

  • 横断研究:知識ギャップ仮説は「ある時点において、メディアで大きく取り上げられた話題については、知識獲得と教育との相関が、あまり取り上げられていない話題よりも高いはずである」と予測する。[10]ティッチナー・ドノヒュー・オリエン(1970)は、露出度の異なる2本のニュース記事を参加者に読ませ、討議させる実験でこの予測を検証した。結果は仮説を支持し、高露出の話題では教育と理解の相関が有意であった一方、低露出の話題では有意ではなかった。[11]
  • 時系列研究:知識ギャップ仮説は「時間の経過とともに、強く報じられる話題に関する知識の獲得は、教育水準の高い人びとの方が、教育水準の低い人びとよりも速い率で進む」と予測する。ティッチナー・ドノヒュー・オリエン(1970)は、1949年から1965年に収集された世論調査(「近い将来、人類は月に到達するだろうと信じるか」を測定)を用いてこの予測を検証した。約15年の期間で、小学校教育程度の人びとにおける「到達する」との信念は約25ポイントしか増加しなかったのに対し、大学教育を受けた人びとでは60ポイント超増加しており、仮説と整合的な傾向が示された。

ナラティブ・レビューとメタ分析的支持

1970年代以降、多くの政策立案者や社会科学者は、地域社会の成員がマスメディアを通じてどのように情報を獲得するのかに関心を寄せてきた。これまでに、知識ギャップ仮説を検討するための広範な研究が行われ、さまざまなアプローチが取られている。

コミュニケーション・メディア、計量社会調査、社会的階層を研究するチェチリー・ガツィアーノは、1983年の知識ギャップ研究に関する分析を更新するため、『予測2000:広がる知識格差』を著した。[12]ガツィアーノは持てる者と持たざる者のあいだの教育および所得格差の関係を論じている。彼女は1983年に関連データを含む58本の論文を対象としたナラティブ・レビューを行い[13]、さらに1997年には39本の追加研究をレビューした。[14]

フアンとジョン(2009)は、知識ギャップに関する46本の研究を対象とするメタ分析を実施した。[15]その結果はガツィアーノの所見と整合的であり、時間を通じて知識ギャップが一貫して存在することが示された。

ガツィアーノは「最も一貫した結果は、主題、方法論的・理論的な差異、研究の優劣、その他の変数や条件にかかわらず、知識の差異が存在するということである」(1997年, p. 240)と述べる。数十年にわたる証拠から、知識ギャップは持続的な性格をもち、主題や研究環境を超えて存続することが示唆される。

ガツィアーノは、知識障壁の概念枠組みを説明し、以下の測定が重要な論点であるとする。

  • 社会経済状況:教育・所得・職業
  • 知識
  • 知識ギャップ
  • メディアへの世間の注目

ジェフリー・モンダックとメアリー・アンダーソン(2004)は、知識ギャップ仮説の統計分析を公表し、メディア曝露の増加は政治的知識を高めうる一方で、既存の社会経済的・ジェンダー格差が誰が最も恩恵を受けるかを左右し、知識の不平等を縮小するのではなく、むしろ強化しがちであることを示した。[16]

「すべての分析は共通の結論を指し示している。すなわち、ジェンダー・ギャップのおよそ50%は見かけ上のものであり、男性回答者に集団として有利に働く回答パターンを反映している。」[17]

新しいコミュニケーション技術

インターネットは、人々のメディアとの関わり方を変えた。インターネットメディアを利用するにはデジタル機器とネット接続が必要である。米国では、すべての人がインターネットや機器にアクセスできるわけではないため、デジタル・ディバイドの懸念がある。インターネットが知識ギャップを縮小するという期待とは裏腹に、アクセス、動機、認知能力に関する不平等が露呈した。以下の研究は、インターネットへのアクセスと社会経済的地位の関連を示している。

ピュー研究所が米国成人を対象に2021年1月25日〜2月8日に実施した調査によれば、インターネットとテクノロジーを専門とする研究員エミリー・ヴォーゲルスは次のように述べている。「ワールドワイドウェブの登場から30年以上が経過し、インターネット利用、ブロードバンドの普及、スマートフォンの保有は、経済的に恵まれない人々を含むすべてのアメリカ人において急速に拡大している。しかし、所得の低い人々と高い人々のデジタルな暮らしには依然として顕著な違いがある。」[18]

「世帯所得の高いアメリカ人は、オンラインに接続できる複数のデバイスを保有している可能性も高い。年間10万ドル以上を稼ぐ世帯に住む成人のおよそ6割(63%)が、自宅ブロードバンド、スマートフォン、デスクトップまたはノートPCタブレットを保有していると回答したのに対し、低所得世帯ではその割合は23%である。」[18]

ヴォーゲルスはさらに、「デジタル・ディバイドは長年情報技術分野で中心的な話題であり、研究者利益団体、政策立案者がこの問題を検討してきた。しかし、新型コロナウイルスの流行により、仕事や学校など日常生活の多くがオンライン化したため、この話題は特に注目を集めるようになった。結果として、低所得の家族は、この拡大するデジタル環境を乗り切るうえで障害に直面しやすくなった。たとえば2020年4月、パンデミックのために子どもの学校が遠隔授業となった低所得の親の59%が、家庭に信頼できるインターネットがない、家にコンピュータがない、または課題の遂行にスマートフォンを使わざるを得ない、といった3つのデジタル障害の少なくとも1つに直面する可能性が高いと答えている。」[18]

学術的論争

関連項目

脚注

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