石下年安
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栃木県出身。大東文化大学卒業[5]。高校・大学時代に打ち込んでいたのは野球で、プロ球団の入団テストも受け、最終選考まで進んだという[4]。家業の石材会社を継いでからも野球を続けていたが、大会で骨折し野球をやめた[4]。射撃競技との出会いはその後のことで、28歳の時に友人から勧められてクレー射撃を始めた[4]。
1964年東京オリンピックにトラップ種目で出場(所属は大谷石材[5])。
1974年、世界選手権の国内予選会で、199点と当時の日本新記録を出した(同時に世界タイ記録でもあった)[4]。
1976年モントリオールオリンピックにクレー・ピジョン(トラップ)種目で出場(所属は大谷石機商会[6])。

