石井秀生

日本のバスケットボール選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

石井 秀生(いしい しゅうせい、1986年5月25日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手である。秋田県能代市出身。能代市出身の人物としては初めてのプロバスケットボール選手である[要出典]。2010年にbjリーグ浜松・東三河フェニックスと契約し、その後秋田ノーザンハピネッツを経て埼玉ブロンコスに所属していた。ポジションはポイントガード

ポジション PG
愛称 シュウセイ
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-05-25) 1986年5月25日(40歳)
概要 引退, ポジション ...
石井 秀生
Shusei Ishii
引退
ポジション PG
基本情報
愛称 シュウセイ
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-05-25) 1986年5月25日(40歳)
出身地 秋田県能代市
身長(現役時) 175 cm (5 ft 9 in)[1]
体重(現役時) 65 kg (143 lb)[1]
キャリア情報
ドラフト 2010年 ドラフト外
選手経歴
2010-2011
2011-2012
2012-2014
浜松・東三河フェニックス
秋田ノーザンハピネッツ
埼玉ブロンコス
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経歴

1986年、バスケットボール指導者の両親の四男として生まれる。3人の兄もバスケットボールをしていたことから、秀生も同じく競技を始めた[2]

能代市立渟城第一小学校(現・渟城西小学校)当時、母親が監督をする能代ブルーインズで幼稚園からプレーし、5年生時には全国優勝した。能代市立能代第一中学校を卒業後に秋田県立能代工業高等学校に進学するも中退し、岩手県立盛岡南高等学校に再入学(1学年下)。2・3年次にはインターハイにも出場。その後、大東文化大学に進み、4年次には主将も務めた。

大学修了後は地元秋田のクラブチームである三種体協琴丘で競技を続け、トライアウトを経て浜松・東三河フェニックスの練習生となり、2010年10月15日付で正式に選手契約を結んだ[3]。その後は秋田ノーザンハピネッツの練習生となり[4]、2011年11月18日に選手契約を結んだが[5]、出場試合数16、出場時間58分に留まり[1]、シーズン終了後に自由契約となった[6]。翌2012-13シーズン埼玉ブロンコスに移籍し、出場時間を増した[7]

家族

両親はともにミニバスケットボールの指導者として有名であり、3人の兄もバスケットボールの競技経験を持つ[8]

兄たちのうち、次男の石井佑生(いしいゆうき、1977年12月29日 - )は、2016年まで秋田県のクラブチーム、三種体協琴丘(みたねたいきょうことおか)に所属していた。2017年4月より上武大学バスケットボール部女子ヘッドコーチに就任。2022年3月より新潟アルビレックスBBU15ヘッドコーチに就任。[9]2024年4月より秋田ノーザンハピネッツU15アシスタントコーチ、U18アシスタントコーチに就任。

三男の石井孝生(いしい こうき、1982年11月24日 - )は曙ブレーキ工業バスケットボール部に所属し、2012年にはbjリーグのドラフト2巡目で島根スサノオマジックに指名されたが[8][2]、契約に至らず曙ブレーキ工業に留まった[10]。曙ブレーキ工業バスケットボール部コーチ。

記録

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略称説明
  GP 出場試合数   GS  先発出場試合数  MPG  平均出場時間
 FG%  フィールドゴール成功率  3P%  スリーポイント成功率  FT%  フリースロー成功率
 RPG  平均リバウンド  APG  平均アシスト  SPG  平均スティール
 BPG  平均ブロック   TO  平均ターンオーバー数  PPG  平均得点
 太字  キャリアハイ  *  リーグリーダー    優勝シーズン
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シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG TO PPG
bjリーグ 2010-11 浜松 2132.7125.033.350.00.230.280.14-0.330.9
bjリーグ 2011-12 秋田 1603.6333.3-50.00.630.180.25-0.130.3
bjリーグ 2012-13 埼玉 34510.5935.233.346.21.141.910.5-1.122.0
bjリーグ 2013-14 埼玉 523922.529.022.264.7 2.33.91.00.01.83.4
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脚注

関連項目

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