石垣純二

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石垣 純二(いしがき じゅんじ、1912年1月2日 - 1976年1月30日[1])は、日本の医事評論家[2]

兵庫県生まれ。1937年東京帝国大学医学部卒。衛生教育家。公衆衛生学会、生活教育の会会員。ラジオドクターの草分け。1950年第2回参議院議員通常選挙全国区から緑風会公認で立候補したが落選した[3]1953年第3回参議院議員通常選挙では全国区から無所属で立候補したが落選した[4]

晩年、将棋に熱中して、その著書『石垣流二枚落大血戦』では、雑誌の企画として行ったプロ棋士相手の「二枚落ち」での下手側対局が紹介されているが、当時は主流戦法ではなかった「銀多伝」戦法を用いたことで注目された。

1976年1月30日、死去。64歳没。

著書

脚注

参考文献

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