石川一成
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千葉県佐原市に生まれる。旧制東京文理科大学漢文学専攻科を卒業。在学当時から歌人佐佐木信綱に師事。1950年竹柏会に入会し、後に歌誌「心の花」編集委員に就任[1]。神奈川県立藤沢高等学校を経て、1954年から1972年まで神奈川県立湘南高等学校国語科教諭を歴任[2]。神奈川県立総合教育センター国語研究室在職中に中華人民共和国四川省重慶市の四川外語学院に派遣され、同校で2年間、日本人として初めて日本語教師を務めた(1979年から1981年まで)[1]。帰国後、神奈川県立厚木高等学校教頭を務めながら、神奈川県の日中友好事業に尽力したが、1984年10月23日に不慮の交通事故により急逝した(享年55歳)[3][4]。
歌集に『麦門冬』『沈黙の火』、共著に『私の短歌入門』『わが愛する歌人』があり、歌集『沈黙の火』により神奈川県歌人会第四回神奈川県歌人会賞を受賞した[3]。短歌活動の指導の功績に対し、藤沢市長より表彰されている[3]。現代歌人協会会員、日本歌人クラブ幹事、日本国語教育学会理事も務めた[3]。