石川勝之 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 江戸時代前期 - 中期生誕 延宝3年(1675年)死没 宝永3年1月27日(1706年3月11日)墓所 京都市本禅寺 凡例石川勝之時代 江戸時代前期 - 中期生誕 延宝3年(1675年)死没 宝永3年1月27日(1706年3月11日)墓所 京都市本禅寺官位 従五位下下野守藩 山城淀藩世嗣氏族 石川氏父母 石川昌能、藤堂高次娘兄弟 勝之、石川総茂正室妻 水野忠直娘柘植氏子 総慶テンプレートを表示 石川 勝之(いしかわ かつゆき)は、江戸時代前期から中期にかけての山城国淀藩の世嗣。官位は従五位下・下野守。 嫡子のまま早世した石川昌能の長男として誕生。母は藤堂高次の娘。正室は水野忠直の娘。 天和2年(1682年)父・昌能が世嗣のまま死去したため、代わって世嗣となり徳川綱吉に御目見。元禄3年(1690年)、叙任された。しかし、父同様に世嗣のまま死去した。 代わって叔父・義孝が嫡子となり、跡を継いだ。のちに長男・総慶が義孝の跡を継いでいる。 Related Articles