中務大丞を経て、天平17年(745年)従五位下に叙爵。聖武朝末に内蔵頭・少納言を歴任し、天平20年(748年)従五位上に叙せられる。天平勝宝元年(749年)孝謙天皇即位ののち上総守に任ぜられ地方官に転じ、天平勝宝6年(754年)民部大輔として京官に復す。
天平勝宝9歳(757年)藤原仲麻呂の紫微内相就任と同時に正五位下、天平宝字3年(759年)には仲麻呂子息の藤原真光・久須麻呂と同時に従四位下に叙せられるなど、仲麻呂政権の一翼を担って順調に昇進する。のち、造宮卿・武蔵守を歴任した。
天平宝字8年(764年)3月9日卒去。最終官位は武蔵守従四位下。