石川成綱 From Wikipedia, the free encyclopedia 石川 成綱(いしかわ なりつな、生没年不詳)は、戦国時代の武将。通称志摩守、対馬守 [1]。 石川数正の長男であったが、家督を継がなかったとされる。 はじめ松平信康に仕え、信康の自害後は家康の近習となった。小田原征伐時に同輩を切って三河国にて隠遁したが、のちに結城秀康に仕え御番組衆となり1千500石を領した[2]。 脚注 ↑ 歴史図書社 1975, p. 143. ↑ “諸氏”. 2022年10月4日閲覧。 参考文献 『越藩史略』(歴史図書社、1975年、143p) 外部リンク この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks