石川房三
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愛知県出身[1]。陸軍士官学校第16期卒業[1]。1920年(大正9年)8月、陸軍歩兵少佐に進級し、9月時点で歩兵第7連隊附の任にあった[2]。1923年(大正12年)9月時点で第9師団副官に転じ[3]、1924年(大正13年)9月時点で歩兵第69連隊大隊長[4]、1925年(大正14年)3月に陸軍歩兵中佐に進級し、第9師団副官に就任した[5]。
1926年(大正15年)5月には関東軍副官に転じ[6]、1927年(昭和2年)7月に梨本宮守正王附武官に着任し[7]、1929年(昭和4年)8月に陸軍歩兵大佐に進んだ[7]。1932年(昭和7年)8月に福岡連隊区司令官に転補され[1]、1934年(昭和9年)3月5日に陸軍少将進級と同時に待命となり[1][7]、3月16日に予備役に編入された[1]。
晩年は闘病生活を送っていたが、1957年(昭和32年)8月10日に死去した[8]。