石川氏 (秦氏)
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秦姓石川氏の祖は石川親永で、享保17年(1732年)3月2日に生まれる。明和2年(1765年)10月29日、34歳で侍として従六位下に叙され、同日、左兵衛大尉に任ぜられた。同年12月19日、諸大夫に補されて従六位上に叙され、対馬守に任ぜられた。明和4年(1767年)1月4日に若狭守に任ぜられたが、明和6年(1769年)に官職を辞し位記を返上した[1]。
次代は礼永の子の石川礼親で寛永元年(1624年)5月15日に生まれる。明和5年(1768年)11月19日、21歳で従六位上に叙され、左兵衛大尉に任ぜられた。明和6年(1769年)2月11日、22歳で諸大夫に補されて従六位上に叙され、越中守に任ぜられた。安永5年(1776年)2月15日、29歳で正六位下に叙された。天明3年(1783年)8月5日、43歳で従五位下に叙され、摂津守に任ぜられた。寛政2年(1790年)5月17日に従五位上に叙されて右京権亮に任ぜられ(摂津守は元のまま)、寛政9年(1797年)4月24日、50歳で正五位下に叙された。文化元年(1804年)3月1日、57歳で従四位下に叙され、同年12月4日には亮に補された(摂津守は元のまま)[2]。
次代は礼親の子の石川正親で明和3年(1766年)3月25日に生まれる。天明4年(1784年)1月14日、19歳で侍として従六位下に叙され、同日、右兵衛少尉に任ぜられた。同年3月16日、諸大夫に補されて従六位上に叙され、出雲守に任ぜられた。天明6年(1786年)6月3日、右近衛将監に任ぜられ(出雲守は元のまま)、同年9月23日に官職を辞し位記を返上した[3]。
次代は正親の弟の石川礼和で安永9年(1780年)3月13日に生まれる。寛政5年(1793年)12月19日、14歳で侍として従六位下に叙され、同日、右兵衛少尉に任ぜられた。寛政6年(1794年)6月20日、15歳で諸大夫に補されて従六位上に叙され、同日に出雲守に任ぜられた。享和元年(1801年)4月15日、22歳で正六位下に叙された。文化元年(1804年)1月13日に宮内少丞に任ぜられ(出雲守は元のまま)、文化5年(1808年)11月19日、29歳で従五位下に叙されて宮内大丞に転じた(出雲守は元のまま)。文化12年(1815年)1月14日、36歳で従五位上に叙され、文政5年(1822年)10月28日、43歳で正五位下に叙された。文政12年(1829年)1月25日、50歳で従四位下に叙され、天保1年(1830年)7月28日に大膳亮に任ぜられた(出雲守は元のまま)。天保7年(1836年)4月16日、57歳で従四位上に叙され、天保14年(1843年)3月11日、64歳で正四位下に叙された。弘化4年(1847年)12月に68歳で卒した[4]。
次代は礼和の子の石川礼美で文化8年(1811年)7月9日に生まれる。文政3年(1820年)11月21日、11歳で侍として従六位下に叙され、同日、左衛門権大尉に任ぜられた。文政4年(1821年)3月21日、12歳で諸大夫に補されて従六位上に叙され、同日に筑前守に任ぜられた。文政11年(1828年)5月19日、19歳で正六位下に叙された。天保6年(1835年)2月19日、26歳で従五位下に叙され、天保12年(1841年)1月28日に31歳で卒した[5]。
次代は礼美の子の石川礼庸で文政7年(1824年)に生まれる。天保11年(1840年)11月21日、18歳で侍として従六位下に叙され、伊予介に任ぜられた。天保13年(1842年)1月29日、19歳で諸大夫に補されて従六位上に叙され、摂津守に任ぜられた[6]。
次代は礼庸の弟の石川礼章で文政9年(1826年)に生まれる。弘化2年(1845年)12月17日、30歳で侍として従六位下に叙され、伊予介に任ぜられた。弘化3年(1846年)5月28日に官職を辞し位記を返上したが、同日に諸大夫に補されて従六位上に叙され(21歳)、伊予守に任ぜられた。嘉永6年(1853年)10月24日、28歳で正六位下に叙された[7]。
脚注
注釈
出典
- ↑ 三上景文『地下家伝 第21-26 (日本古典全集 ; 第6期)』(日本古典全集刊行会、1938年)
- ↑ 三上景文『地下家伝 第21-26 (日本古典全集 ; 第6期)』(日本古典全集刊行会、1938年)
- ↑ 三上景文『地下家伝 第21-26 (日本古典全集 ; 第6期)』(日本古典全集刊行会、1938年)
- ↑ 三上景文『地下家伝 第21-26 (日本古典全集 ; 第6期)』(日本古典全集刊行会、1938年)
- ↑ 三上景文『地下家伝 第21-26 (日本古典全集 ; 第6期)』(日本古典全集刊行会、1938年)
- ↑ 三上景文『地下家伝 第21-26 (日本古典全集 ; 第6期)』(日本古典全集刊行会、1938年)
- ↑ 三上景文『地下家伝 第21-26 (日本古典全集 ; 第6期)』(日本古典全集刊行会、1938年)
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