石本貞直
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高知県[1]土佐郡神田村(鴨田村大字神田を経て現高知市)で、石本正直、菊枝の長男として生まれた[3]。陸軍士官学校第22期卒業[1]。1937年(昭和12年)8月に陸軍歩兵大佐に進級し[2]、9月に歩兵第1連隊留守隊長に就任した[2]。1938年(昭和13年)に台湾歩兵第1連隊長を経て[2]、1939年(昭和14年)8月に陸軍少将に進級し[2]、留守第11師団司令部附となった[2]。
同年10月に第40歩兵団長に転じ[2]、日中戦争に出動[1]。宜昌作戦に参加した[1]。1940年(昭和15年)に第4歩兵団長に転じ[1]、1941年(昭和16年)に第62独立歩兵団長を経て[1]、1943年(昭和18年)に釜山要塞司令官兼釜山陸軍軍需輸送統制部長に就任した[1]。1944年(昭和19年)5月に陸軍中将に進級し[2]、新設された第50師団長に親補される[1]。台湾・屏東で終戦を迎えた[1]。
戦後、戦犯容疑で台北で拘禁された[3]。1948年(昭和23年)1月31日、公職追放仮指定を受けた[4]。同年3月に釈放され帰国[3]。
1965年8月、高知市鴨部下652の自宅で死去した[3]。