千葉県平民・藤崎三郎兵衛の二男[2][7]。石橋五郎左衛門の養子となり、1888年に家督を相続[2]。金銭貸付業[11]、農業[12]を営む。本大須賀村長をつとめる[10][13]。佐原税務署所得税調査委員、宅地賃貸価格調査委員、東京税務監督局所得及同営業税審査委員等に挙げられる[13]。
1911年、貴族院議員に互選され[2][5]、茶話会に所属して[10]、同年9月29日から[14]死去まで2期在任した[4][15]。
佐原町に金融機関が不備なことを残念に思い、佐原興業銀行の創立委員長として奔走し、成立すると頭取に挙げられた[5]。