石田保政
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加賀藩出身の陸軍少将石田保謙の三男として生まれる。地方陸軍幼年学校、中央幼年学校を経て1909年(明治42年)5月に金沢歩兵第七連隊に入隊し、同年12月に陸軍士官学校に入校、1911年(明治44年)に陸軍士官学校(23期)を成績優等(2番/740名)で卒業、その後、原隊復帰し、1918年(大正7年)11月に陸軍大学校(30期)を優等で卒業し、陸軍省軍務局で勤務。同年12月に結婚、1921年(大正10年)1月にスイス出張、同年12月にドイツ駐在、1924年(大正13年)3月に帰国し、再び陸軍省軍務局に勤務。1925年(大正14年)5月に陸軍大学校兵学教官、1932年(昭和7年)参謀本部員 1934年(昭和9年)参謀本部戦史課長及び陸軍大学校兵学教官を兼任。1936年(昭和11年)2月に45歳で死去した[1]。
栄典
親族
人物
著書
- 『欧洲戦史講授録』陸軍大学校将校集会所、1929年
- 『欧洲大戦史ノ研究』陸軍大学校将校集会所、1937年