石田宝蔵
From Wikipedia, the free encyclopedia
福岡県柳川市(旧大和町)出身。福岡県立三池工業高等学校卒業後、1969年に柳川消防署入署、1971年大和町役場入庁。1994年8月大和町町長選に立候補、当選。以後、2005年3月まで3期10年間、町長を務める。
柳川市、三橋町、大和町の合併により新柳川市が生まれたことに伴い、無所属で新市長選挙に立候補。前柳川市長であった河野弘史を抑え当選した。4月24日に市長職に就任した。 人口の多い旧柳川市長の河野候補が圧倒的有利と見られていたが、マニフェストを掲げ、これまでの政策の転換を打ち出したことが奏功し、「改革派」としてのイメージが有権者に受け入れられたため、下馬評を覆しての当選となった。
しかし、後述のとおり、大和町長時の全日本同和会大和支部への補助金支出が別名目であったこと、柳川市長となってのちのピアス株式会社の工場跡地購入金額が不当に高いとの指摘を受け、同取引に関する購入費用全額の返還請求訴訟を受けていること(係争中)、漁業団地用地購入の目的の適正性への疑義、など様々な疑念を受けている。
これらの疑念は、2007年6月市議会以降、継続的に市議会での議案となっており、市政の混乱と市長・市議会間の深刻な対立を生んでいる。
マニフェスト
2005年選挙では以下のマニフェスト(公約)を掲げた。しかし、数々の疑惑の露見によって、マニフェストの内容とは対照的に市政への信頼が揺らぐ事態となっている。
3つの指針
- 正義と政策で、しがらみ払っしょく、市政に信頼
- 生活者主権のふるさと、柳川づくり
- 水・海・農・憩いが一体のふるさと、柳川づくり