石田弥治郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 石田 弥治郎 (いしだ やじろう、生年不詳 - 元亀3年2月25日 [注釈 1](1572年4月7日))は、戦国時代の武士。石田正継の長男。 『霊牌日鑑』(石田重家著)に「為成ノ息、弥治郎ト称ス。元亀三年壬申二月二十五日卒、弥天正宗居士」とあり、元亀3年(1572年)に死去したことがわかる[1]。 元亀3年には末子の三成は13歳であるため、弥治郎は17-8の年齢で早逝したと考えられる。戒名の「弥天正宗居士」から考えても元服の年齢を過ぎていたこととなる[1]。 脚注 注釈 ↑ 尾張群書系図部集には2月15日卒とある 出典 1 2 KADOKAWA / 中経出版 2000, p. 33. 参考文献 白川亨『真説 石田三成の生涯』(KADOKAWA / 中経出版、2000年、33p) 『尾張群書系図部集』(続群書類従完成会、1997年、85p) 外部リンク この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles