石黒昇 (陸上選手) From Wikipedia, the free encyclopedia 種目 競歩所属 郵政省東京貯金局[注釈 1]大学 法政大学生年月日 (1932-08-02) 1932年8月2日 石黒 昇 選手情報種目 競歩所属 郵政省東京貯金局[注釈 1]大学 法政大学生年月日 (1932-08-02) 1932年8月2日没年月日 (2021-02-11) 2021年2月11日(88歳没)身長 165cm自己ベスト20km競歩 1°39’40”0(1964年)編集 石黒 昇(いしぐろ のぼる、1932年8月2日 - 2021年2月11日)は、日本の競歩の選手である。 元々は長距離走の選手であったが、法政大学在学時に結核を患い、断念。数年後に退院し、健康維持のために独学で競歩を始める[1][2]。 32歳で、1964年東京オリンピックの男子20キロメートル競歩に出場。1時間39分40秒0で23位だった[3][4]。旧郵政省東京貯金局(現ゆうちょ銀行貯金事務センター)に勤務していたが、競歩自体が当時社会的に認知されていなかったので、大会出場中の欠勤を理由に解雇されていた。その後、埼玉県庁に勤務する傍ら、日本陸上競技連盟で審判や強化の委員などを務めた。また、「日本競歩を強くする会」の副会長になり、年2回の合宿開催や強化費集めに奔走した[1]。 2020年東京オリンピックでは埼玉県の聖火ランナーに内定していた。だが、大会が延期に追い込まれる中、2021年2月11日、食道がんで死去した。88歳没[5]。 競歩選手仲間の親友である三輪寿美雄に石黒の写真が託され、三輪は石黒の写真を胸ポケットに納め宮崎県で聖火リレーを務めた[6]。 主な記録 1961年 第16回国民体育大会 20km競歩 2位 1時間46分42秒8[7]:89 1963年 第18回国民体育大会 20km競歩 4位 1時間43分44秒2[7]:104 1964年 東京オリンピック 20km競歩 23位 1時間39分40秒0 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ 1964年東京オリンピック出場時 出典 1 2 “「モンロー・ウオーク」と笑われた半世紀前 後輩は「世界一美しい」歩型に成長”. 毎日新聞社/小林悠太. (2019年10月10日). https://mainichi.jp/articles/20191010/mog/00m/050/004000c 2021年2月15日閲覧。 ↑ “埼玉)「正しく美しく」競歩不遇の時代支えた石黒昇さん”. 朝日新聞社. (2020年1月23日). https://www.asahi.com/articles/ASN1R4RHRN1RUTNB00G.html 2021年2月15日閲覧。 ↑ “日本代表選手団 記録検索”. JOC. 2021年2月15日閲覧。 ↑ “Noboru Ishiguro Olympic Results”. Sports Reference LLC. 2020年4月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月29日閲覧。 ↑ “1964年東京五輪の競歩代表、石黒昇さん死去…今回は聖火ランナーの予定”. 読売新聞社. (2021年2月13日). オリジナルの2021年2月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210213122937/https://www.yomiuri.co.jp/olympic/2020/20210213-OYT1T50188/ 2021年2月15日閲覧。 ↑ 「64年東京五輪・競歩代表の三輪寿美雄さんが”完歩” 宮崎・聖火リレー」『日刊スポーツ』2021年4月25日。2021年7月29日閲覧。 1 2 “国民体育大会記録集” (pdf). 国民体育大会. 日本スポーツ協会. 2021年7月29日閲覧。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。表示編集 Related Articles