磨崖三十三観音 (郡山市)

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磨崖三十三観音

磨崖三十三観音(まがいさんじゅうさんかんのん)は、福島県郡山市田村町大供にある磨崖仏群の総称である。大供磨崖三十三観音とも呼ばれる[1]

明治時代に編纂された「田村郷土史」によると1773年安永2年)、悪性の疫病の流行で苦しんでいた大供村庄屋、熊田宗右衛門が藤田友右衛門や藤田亦右衛門らと相談し、死者の冥福を祈るとともに村人の健康安全を願うため、西国三十三観音を黒石川沿いの岩壁に刻んだと伝えられる[2]。全部で33の観音像が彫られている[3][4]

また、製作の際に当時の守山藩奉行、六崎亟助が賛同して観音を寄付したことから、以後、奉行と村人が旧暦の毎年3月17日に花見の宴を開く伝統が生まれ、現在でも続けられている[5]

なお、同じ田村町地区内にある「ザクの磨崖三十三観音」と比較すると、西国三十三観音を刻んだという共通点はあるものの、場所、時代、彫り方などは大きく異なる。

1968年昭和43年)、郡山市指定重要有形文化財に指定された[6]

周辺

  • 守山城跡 - 城山八幡神社から郡山市立守山小学校周辺

交通アクセス

脚注

外部リンク

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