社会主義偉業を擁護し前進させよう

From Wikipedia, the free encyclopedia

社会主義偉業を擁護し前進させよう(しゃかいしゅぎいぎょうをようごしぜんしんさせよう、: Let Us Defend and Advance the Cause of Socialism: 사회주의위업을 옹호하고 전진시키자[1][2])は、1992年4月20日平壌市で採択された政治宣言である。金日成の80歳記念行事に合わせて平壌を訪れた各国の社会主義共産主義系政党代表らの会合の末に成立した。2002年の日朝平壌宣言とは別の文書である[3]

1992年4月の金日成80歳記念行事。宣言は、この機会に平壌を訪れた各国の社会主義・共産主義系政党代表らの会合の末に採択された。
宣言の基礎事項
項目内容
採択日 1992年4月20日[3]
採択地 平壌[3]
性格 社会主義擁護と党間の独立・平等・連帯を訴えた政治宣言[4]
会合参加規模 51か国から70を超える社会主義志向政党代表[3]
当初署名 69党、うち48人が党首級とされる[4]

この宣言は、東欧革命ソビエト連邦の崩壊ののち、社会主義の後退が広く論じられていた時期に公表された。独立資料では、平壌での会合には51か国から70を超える社会主義志向政党の代表が出席したとされ、宣言はその会合の終わりに採択されたと説明されている。表題が示すとおり、社会主義の擁護と前進、ならびに社会主義勢力の結束を訴えた文書である[3]

採択の背景

この宣言が採択された1992年は、東欧の社会主義体制の崩壊とソビエト連邦の解体の直後にあたり、既存の社会主義陣営の正統性が大きく揺らいでいた時期であった。こうした状況のなかで平壌で開かれた各国政党代表の会合は、社会主義の擁護と再結集を対外的に示す場となった[3][5]

採択の経緯

この宣言は、1992年4月に行われた金日成80歳記念行事のため各国政党代表が平壌に集まった機会に採択された。現存する英訳テキストでは、採択当日に69党の代表が署名し、そのうち48人が党首級であったとされている[4][3]

内容

宣言文の英訳によれば、本文はまず、社会主義が一部の国で後退したとしても、それは社会主義そのものの優位や将来性を否定するものではないと主張する。続いて、各党はそれぞれの国情と人民の要求に即した路線を採りながら、社会主義の旗を掲げ続けるべきだと述べる[4]

そのうえで宣言は、社会主義の事業を各国の民族的課題であると同時に人類共通の課題でもあると位置づけ、独立と平等の原則に基づく党間の団結・協力・連帯を呼びかける。さらに、帝国主義、資本支配、新植民地主義に対抗し、社会正義、民主主義、生存の権利、平和のために相互支援を強める必要があると訴えている[4]

位置づけ

この宣言は、冷戦終結後に北朝鮮が自国を社会主義の擁護者として位置づけようとした動きの一環として論じられている。ジョー・ペイトマンは、平壌宣言を、ソ連崩壊後に北朝鮮が反修正主義の主導的勢力であることを示そうとした象徴的事例として扱っている[5]

同時に、この宣言は、社会主義陣営の統一維持と社会主義擁護を掲げることによって、ポスト冷戦初期における北朝鮮の対外的な思想的立場を示す文書でもあった[5]

評価

キム・イルピョンは、この宣言に署名した70余の政治勢力のうち、朝鮮労働党モンゴル人民革命党を除けば、多くはそれぞれの地域政治で大きな影響力を持たなかったと述べている。また、同書ではモンゴル人民革命党がのちにこの宣言から離脱したとも記している[3]

そのため、この宣言の意義を評価する際には、冷戦後の社会主義勢力再結集を呼びかけた政治文書としての性格と、実際の国際政治上の影響力とを区別してみる必要がある[3][5]

脚注

参考文献

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI