祖国と青年
日本協議会・日本青年協議会の機関誌
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生長の家との関係
日本協議会も日本青年協議会も、どちらも新興宗教「生長の家」の関連団体である[5]ため、『祖国と青年』の編集者も執筆陣も、「生長の家」関係者が多い[6][7][8]。日本青年協議会・日本協議会会長であり『祖国と青年』主宰の椛島有三は「生長の家」の信徒だった[6][7][8]。
「生長の家」関係の記事が掲載されることが多く、以下はその例のごく一部である。
- 『祖国と青年』1974年5月号には、生長の家政治連合会長の田中忠雄が執筆した記事が掲載された[9]。
- 1974年11月号には、葦津珍彦が同年7月に生長の家大学生合宿で講演した内容に加筆した記事「維新か革命か」が掲載された[8]。
- 1975年2月号には、編集部が執筆した「谷口雅春(生長の家創始者)氏における絶対存在としての天皇」という記事が掲載された[10]。
- 1975年5月号には、谷口雅春が執筆した記事が掲載された[11]。
- 1976年7月号には、田中忠雄や生長の家青年会会長の森田制史が執筆した記事が掲載された[12][13]。
- 1978年5月号には、田中忠雄が執筆した記事が掲載された[14]。
- 1985年8月号には、「追悼 谷口雅春先生」という、田中忠雄らによる谷口雅春への追悼特集記事が掲載された[15]。