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報道

事件や問題、流行等を調査して広く大衆に公表すること From Wikipedia, the free encyclopedia

報道(ほうどう、: reporting)は、ニュース・出来事・事件事故などを取材し、記事番組を作成して広く公表・伝達する行為であり、言論活動のひとつ。特に報道やそれに伴う世論の形成の研究[1]を「新聞学」と呼称する。

2013年11月、バラク・オバマアメリカ大統領を撮影するフォトジャーナリスト

いっぽう、ジャーナリズム: journalism)とは、事実の伝達のほか、それについての解説論評も含む[2]。テレビ放送では報道番組娯楽番組などと対置されるが、スポーツ中継のように娯楽番組であると同時に事実を伝える報道番組としての側面を含むものもあり、明確な区分は困難である[2]。ただし、ジャーナリズムの定義を無条件に拡大すると本質が見えなくなることから、一般には時事問題に関する報道・解説・批評等の活動を指して用いられる[2]。見出しの読解に関する経験則として、疑問形の見出しは「ノー」と答えられることが多いとするベターリッジの見出しの法則が知られる。

概要

議会での議論や戦争の経過など数多くの事件や出来事を直接見聞きしている人はまれであり、特に現代社会ではマスメディアの提供する情報を通して事件や出来事を間接的に体験している[2]

報道における取材(しゅざい)とは、報道対象の事実を確認する行為で、報道機関は原則として所属する記者の取材に基づく記事を報道するが、国外など遠隔地で発生した出来事は、通信社などの配信する記事によって報道する場合もある。この場合、記事の頭に「○日ニューヨーク共同」のような形でクレジットが入る。

世界のジャーナリズムで一般的かつ重要とみなされている機能として、「バイライン(署名)」「ソース(情報源)」「クレジット(引用・参照元)」「オプ・エド(反対意見)」「コレクション(訂正欄)」が挙げられる[3][4]

媒体と担い手

メディア

報道の媒体はメディアと呼ばれ、不特定多数の大衆に情報を伝達することはマスコミュニケーションと呼ばれる。マスコミュニケーションに使用される媒体はマスメディアと総称される。これらの概念は非常に近接したものであるため、メディアやマスメディア、マスコミ(マスコミュニケーション)という言葉がジャーナリズムを指すことも多い[5]。報道を行う主体は報道機関と呼ばれる。マスメディアのなかでも影響力が強いテレビ・ラジオ・新聞・雑誌はマスコミ四媒体と呼ばれ、狭義においてマスメディアとはこの4つのメディアのことを指していた[6]。マスメディアは入手した情報を自らの判断の下で編集し利用者へと公開するが、これはジャーナリズムの機能そのものであり、このためマスメディアは必然的にジャーナリズム機能を備えることとなる[7]

こうしたマスメディアによってジャーナリズムは事実上独占されていたが、インターネットの発達とともにマスメディアを通さない不特定多数への情報発信が可能となった[8]。また同様に、企業がマスメディアを通さず直接情報を発信するオウンドメディアも2010年頃から盛んになってきている[9]。一方、従来型メディアであるテレビや新聞、雑誌がインターネットで情報を発信することも盛んに行われている[10]

また、ジャーナリズムはその表現媒体により、活字ジャーナリズムやフォトジャーナリズム、ビデオジャーナリズムなどに区分されることがある[11]

ジャーナリスト

ジャーナリズムに携わる人々はジャーナリストと総称される。ジャーナリストはマスメディアを通じて自らの取得し所持している情報を公開し、報道する。ジャーナリストの判断によって人々が入手できる情報の質は大きく変動するため、その報道姿勢ひとつで世論が大きく動く危険性を常にはらんでいる[12]。ジャーナリストは19世紀頃には職業化が進展し、20世紀にはおおよそプロによって占められるようになっていたが、インターネットは一般の一個人がジャーナリズム的活動を行う道を開いた[8]

職業ジャーナリストの多くは、新聞社やテレビ局といった報道機関に属する記者や編集者である。こうした報道機関に属さないフリージャーナリストも多く存在するが、彼らもまた報道機関と契約を結び、マスメディアでみずからの記事を発表することが多い[13]

主にジャーナリストの育成を目的として、大学にジャーナリズム学科を設置しジャーナリズム教育を行うところも多く存在する[14]。こうしたジャーナリズム教育はアメリカを発祥とし、21世紀においても同国が中心となっている[15]。ただしジャーナリスト育成に関しては各国で手法に違いがあり、大学教育を柱とするアメリカに対し、イギリスや日本などでは職場での実地訓練、いわゆるOJTが中心となっている[16]。このため、日本ではジャーナリズム教育を掲げる学科は多いものの、とくに実務教育においてマスメディア側からの評価が低く、必ずしもそこで教育を受けることが報道機関への就職に有利となるわけではない[17]

歴史

中世まで

一般大衆に対して標準化された様式でニュースを報じる刊行物が現れたのは17世紀以降であるが、中国代にはすでに政府が定期刊行報道を行っていた[18]。同様の刊行物は16世紀のヴェネツィア共和国でも整備された[19]。ただし、これらは官吏向けのものであり、今日の意味でのニュース報道ではなかった。

近世

中国の私営新聞出版への最初の言及は、代末期の1582年にさかのぼる[20]。ヨーロッパでは印刷機などの大量印刷技術が普及するに伴い、識字層の拡大を背景として新聞が創設された。ヨハン・カロルス英語版の『Relation aller Fürnemmen und gedenckwürdigen Historien』は1605年にストラスブールで刊行され、ヨーロッパ初の新聞と考えられている。

イギリスでは1695年に報道の自由が正式に確立された。『ガーディアン』元編集長アラン・ラスブリッジャーは次のように述べている。 「英国では1695年に出版許可制が廃止された。ここで獲得された自由が世界の多くの地域の模範となったことを思い起こし、いまなお世界が我々を見て、我々がその自由をいかに守るかに注目していることを自覚すべきだ。」[21]

最初に成功した英語の日刊紙デイリー・クーラント』は1702年から1735年まで刊行された。神聖ローマ帝国大英帝国などでは、ジャーナリズム企業は民間事業として出発した一方、フランスプロイセンのような国々では、報道は主として政府プロパガンダの媒体とみなされ、画一的な検閲のもとに置かれた。ロシア帝国のように、報道機関をさらに警戒し、19世紀半ばまでジャーナリズム刊行物を事実上禁止した政府もあった[22]。新聞の刊行が定着するにつれ、発行頻度は週刊または日刊へと増していき、アムステルダムロンドンベルリンなどの交易中心都市に集中的に分布した。ラテンアメリカで最初の新聞が設立されるのは19世紀中後期である。

18・19世紀の革命の時代と報道

18世紀末から19世紀にかけての自由主義革命において、新聞は民衆の支持を動員するうえで重要な役割を果たした。アメリカ植民地では、新聞が王権に対する不満を掲載し、トマス・ペインら革命派のパンフレットを再掲することで、人々に英国支配への反乱を促した[23][24]。一方で、王党派の出版物はアメリカ独立革命への反対を喚起した[25]。米国のニュース出版物は19世紀を通じて、公然と党派的であった[26]

フランスでは、フランス革命期に政治新聞が多数生まれ、とりわけジャン=ポール・マラーが編集した『人民の友』は、革命期の下層民衆の権利を主張するうえで著名な役割を果たした。ナポレオンは1800年に厳格な検閲法を復活させたが、その後の時代には印刷媒体が花開き、政治文化において重要な役割を担った[27]。ヨーロッパに自由主義革命の機運が高まった1848年革命の際には、急進的自由主義の刊行物が、中欧の貴族政権打倒に向けた民衆の動員を促した[28]。他方、より穏健な自由主義系出版物も存在し、『ロシア速報』はロシア皇帝アレクサンドル2世の自由主義的改革を称賛し、農民の政治的・経済的自由の拡大と、ロシアにおける議会制度の確立を支持した[29]。左派系では、社会主義共産主義系の新聞がフランス、ロシア、ドイツで広範な読者を獲得し、政府により非合法化されていたにもかかわらず強い影響力を持った[30][31][32]

20世紀初頭まで

中国

1910年以前の中国におけるジャーナリズムは、主として在外居留民を含む国際社会向けのものであった。1911年の辛亥革命は、中国ナショナリズムの高揚、検閲の終焉、そして職業的で全国規模のジャーナリズムへの需要を生み出した[33]。主要都市はこぞってその実現に乗り出したが、1920年代末までには、革命家たちを鼓舞したアドボカシー的報道への関心は薄れ、広告と部数拡大により大きな重点が置かれるようになった[34]

フランス

第一次世界大戦後、パリの新聞は概して停滞し、発行部数は1910年の1日500万部から600万部へとわずかに伸びるにとどまった。第一次世界大戦後の顕著な成功例は『パリ・ソワール英語版』であり、政治的アジェンダを持たず、部数拡大に資する扇情的報道と、威信を高める本格記事とを取り合わせた。1939年までにその発行部数は170万部を超え、タブロイド紙『ル・プティ・パリジャン』の倍に達した。日刊紙に加え、『パリ・ソワール』は女性誌『マリ・クレール』を後援し、さらに雑誌『パリ・マッチ』は米誌『Life』のフォトジャーナリズムに倣って創刊された[35]

イギリス

1900年頃までに、英国の大衆報道は労働者階級をも含む最大規模の読者層を狙い、広告収入によって採算を確保する方式の成功を証明した。アルフレッド・ハームズワース (初代ノースクリフ子爵)(1865–1922)は「誰よりも現代の新聞界を形作った」人物とされ、彼が導入・活用した発想は今日なお中核的である。幅広い内容構成、広告収入による価格補助、攻撃的なマーケティング、地域市場の従属化、政党支配からの独立である[36]。彼の『デイリー・メール』は、彼の死まで日刊発行部数の世界記録を保持した。首相ソールズベリー卿は、それを「事務員が事務員のために書いた新聞」と皮肉った[37]

「世紀のスクープ」と称された事例として、1939年、『デイリー・テレグラフ』の新人記者クレア・ホリングワース英語版は、第二次世界大戦勃発を最初に報じた[38]。彼女はポーランドからドイツへ移動中、ポーランド国境に集結するドイツ軍を目撃して報告し、『デイリー・テレグラフ』は「1,000両の戦車がポーランド国境に集結」との見出しを掲げた。その3日後、彼女はドイツ軍のポーランド侵攻を最初に報じている[39]

第二次世界大戦の間、ジョージ・オーウェルは『オブザーバー』で7年間記者として勤務し、同紙の編集長デーヴィッド・アスター英語版は新任者全員に、オーウェルの随筆「政治と英語(曖昧でだらしない言語を批判する論考)」のコピーを手渡した[40]。2003年には同紙の文芸編集者ロバート・マクラム英語版が「いまなお、われわれのスタイルブックで引用されている」と記している[40]

インド

インド初の新聞『ヒッキーのベンガル・ガゼット英語版』は1780年1月29日に創刊された。この最初の試みは短命に終わったものの、インドにおける近代ジャーナリズムの誕生という画期をなした。その後まもなく英字新聞が相次いで創刊されたが、多くは週刊で、発行部数は約400部、個人的なニュース項目や各種商品に関する広告を掲載していた。19世紀に入ると、インド人出版者による英字新聞が創刊され、英語話者のインド人を主対象とした。当時のインドでは言語差が大きく、国内各地の言語に互いに通じにくかったため、円滑なコミュニケーションは妨げられていたが、英語は次第に全国的なリンガ・フランカとなった。

アメリカ合衆国

19世紀末から20世紀初頭のアメリカでは、ウィリアム・ランドルフ・ハーストジョーゼフ・ピューリツァーらがメディア帝国を築いた。彼らは、政治的に極端な内容を退けて広告収入を拡大すれば読者層を広げられると認識し、およそ1900年頃から、新聞は党派的政治報道を減じ、政治色の薄い報道へと傾斜し始めた[41]。この時代の新聞は扇情的な報道や大型見出し・レイアウトを受容し、いわゆる「イエロー・ジャーナリズム」と称される様式が定着した。

新聞出版は一層の職業化が進み、文体の質や編集現場の規律は大きく改善された[42] 。また、パナマ運河買収をめぐる汚職報道に関しセオドア・ルーズベルト大統領が新聞社を提訴しようとして失敗した事例などを通じ[43]、報道の自由は法的規範として確立された。もっとも、政府による言論抑圧能力が厳しく制限される一方で、新聞(ひいてはメディア全般)の所有が一部の私企業に集中することにより、報道に偏りや自己検閲が生じ、企業や政府の利害に資するとの批判もある[44][45][46]

アフリカ系アメリカ人の新聞社

アフリカ系アメリカ人に対する激しい差別と隔離政策は、殊に大都市において、彼ら自身による日刊・週刊紙の創設を促した。米国における最初期の黒人新聞は19世紀初頭にまでさかのぼるが[47]、20世紀に入ると主要都市で大きく発展し、出版者は政治・ビジネスにおいて重要な役割を果たした。代表的な指導的人物としては、『シカゴ・ディフェンダー英語版』の発行人ロバート・センスタック・アボット英語版(1870–1940)、『リッチモンド・プラネット』編集長で全米アフロ・アメリカン新聞協会会長のジョン・ミッチェル・ジュニア英語版(1863–1929)、『シカゴ・ビー英語版』の発行人アンソニー・オーヴァートン英語版(1865–1946)、『ピッツバーグ・クーリエ英語版』の発行人・編集長ロバート・リー・ヴァン英語版(1879–1940)などが挙げられる[48]

読者論争

1914年のウォルター・リップマン

1920年代の米国では、新聞が新規購読者獲得のためにあからさまな党派性を弱める中、政治評論家ウォルター・リップマンと哲学者ジョン・デューイが、民主主義におけるジャーナリズムの役割をめぐって論争した。両者の相反する理念は、今日まで続く「社会におけるジャーナリズムの役割」をめぐる議論の性格を形づくっている[49]

リップマンの見解は長らく優勢であり、強力なジャーナリズムは一般市民には無益であるが、行政官や専門家というエリート層には真の価値があると主張した。この主張は専門家による意思決定に対する進歩主義者の自信を支える一方、大衆は傍観するという図式を補強した[50]

これに対しデューイは、エリートが提起・対応する諸問題を大衆は理解しうるのみならず、討議と論争を経て公共の場で意思決定すべきだとした。課題が十分に検討されれば最良の考えが自然に浮上するという見解である。デマゴギー虚偽報道の危険は、デューイをそれほど悩ませなかった。彼の大衆民主主義への信念はさまざまな形で実装され、今日では「地域ジャーナリズム英語版」として知られる[51]。1920年代のこの論争は、世界各地で記者たちが自らの役割に向き合うたびに繰り返されている[52]

ラジオ

ラジオ放送は1920年代に人気を高め、1930年代には広く普及した。番組の多くは音楽スポーツ娯楽志向であったが、演説やニュース番組も放送された。第二次世界大戦期、ラジオとニュース映画は戦況に関する最新情報の主要な供給源となり、ラジオの重要性は頂点に達した。ソビエト連邦では、国家が指導部による政治演説の放送にラジオを多用した。こうした放送には付随する編集的内容や分析がほとんどなく、現代的なニュース報道とは異なる[53]。だが1950年代以降、ラジオはテレビに凌駕されることになる。

テレビ時代

1940年代から、米国の放送テレビ各局は夕方に1回または2回、10~15分のニュース枠を編成した。生放送によるテレビ報道の時代は1960年代、ジョン・F・ケネディ暗殺の全国同時中継を契機に始まった。1960~70年代にかけて、テレビ各局は朝や正午の定時ニュース番組を増やし、1980年のCNN設立以降、24時間ニュースという形式が確立し、今日まで続いている。

デジタル時代

記者会見に臨むジャーナリスト

過去20年のあいだに、情報技術の進歩とインターネット上でのニュース配信の拡大にともない、ジャーナリズムおよびマスメディアの役割と地位は変容した。人々が電子書籍端末、スマートフォン、その他の電子機器でニュースを消費するにつれ、紙媒体からのシフトが生じた。ニュース組織は、デジタル部門の収益化を十分に図ると同時に、紙面での掲載文脈を工夫することも求められている。新聞の印刷収入は、デジタル収入の伸びを上回る速度で減少した[54]

特に米国のメディア環境では、伝統的メディア(テレビなど)が視聴者減に直面するなか、報道部門は人員と取材範囲を縮小した。たとえば2007年から2012年にかけて、CNNはニュースパッケージの尺をほぼ半分に短縮した[55]。報道の短縮化は、広範な視聴者離れと関連づけられている[55]。ピュー研究所によれば、21世紀に入って米国の新聞発行部数は急減した[56]。民間部門が十分に供給できていない高品質情報への需要に応えるかたちで、ウェブ中心の非営利報道が成長している[57][58]

デジタル時代はまた、一般市民が担い手となるジャーナリズムの発展を促した。動画撮影機能付きスマートフォンにより、能動的な市民は事件の映像を記録し、YouTubeのようなチャンネルに投稿できるようになり、主流メディアもこうした一般市民の発信を活用するようになった。ブログやその他のソーシャルメディアなど、オンライン上の多様な情報源からのニュース流通により、伝統的メディア組織のみに依存しない、より幅広い公式・非公式の選択肢が生まれている。

2016年のジャーナリスト

コスプレイヤーにインタビューするジャーナリスト

2012~2016年にかけて、67か国のジャーナリスト2万7,500人を対象とした世界規模の標本調査は、以下のプロフィールを示した[59]

  • 男性:57%
  • 平均年齢:38歳
  • 平均実務経験年数:13年
  • 学士号:56%・大学院学位:29%
  • 大学でジャーナリズム・コミュニケーションを専攻:61%
  • 自身をジェネラリストと認識:62%・硬派ニュース担当記者:23%
  • 職能団体の会員:47%
  • 常勤勤務:80%
  • 従事媒体:紙媒体50%、テレビ23%、ラジオ17%、オンライン16%

形態

2013年3月、タンザニアダルエスサラームの建物崩落後、政府当局者にインタビューする写真・放送ジャーナリスト

報道の主な形態には次のようなものがある[60][61]

  • スポーツ報道英語版:スポーツに関する事象や競技を報じる。
  • タブロイド報道:軽妙で娯楽性の高い報道。主流報道に比べ正統性が低いとみなされる。
  • アクセスジャーナリズム英語版:取材継続を優先するあまり、取材対象を困惑させる問題についての言及を自己検閲し、自発的に控える報道傾向。

報道倫理

ジャーナリズムと正確性

報道では事実確認の怠りや他社との競争を背景とする勇み足などによって誤報が生じることがある[64]。この他、部数を増やすためのやらせ虚偽報道などの問題(イエロー・ジャーナリズム)がある。また表現の自主規制報道におけるタブーの問題もある。このうち、明確な誤報や捏造報道に関しては、訂正報道がなされる場合がある[65]。例として、日本の放送法では報道が事実でないことが判明した場合、その判明した日から2日以内に訂正・取り消し放送を行うことが義務づけられている[66]。また放送に関しては、2003年に設立された放送倫理・番組向上機構(BPO)が放送への苦情や放送倫理に関わる諸問題を審理し、各局に見解の提示や勧告を行っている[67]

まがりなりにも正確性を担保するシステムが整えられている従来型ジャーナリズムに比べ、ソーシャルメディア上のニュースはさらに信頼性が低く、2018年の日本国総務省の調査では従来のマスメディアを信頼するとの回答が6割以上を占めるのに対し、ソーシャルメディア上のニュースを信頼するとの回答は3割にとどまっている。また、正確性を担保するシステムがないため、ソーシャルメディア上のニュースの信頼性については発信者の信頼性によって担保されたと見なす傾向がある[68]。実際に、インターネット記事の正確性にまつわるトラブルは後を絶たない。2016年には、キュレーションサイトであるWELQの著作権侵害や誤った記事内容が炎上し、休止に追い込まれている[8]。またインターネット上では2016年頃より、ソーシャルメディアにおけるフェイクニュースが急速に問題視されるようになり、さまざまな機関でファクトチェックが行われるようになってきている[69]。フェイクニュースに関しては広告収入を求めて意図的に量産される場合がある[70]。こうしたフェイクニュースの蔓延を受けてタイシンガポールロシアなどでフェイクニュース規制法が相次いで可決されたものの、フェイクニュースの判断基準を巡る争いや言論の自由との兼ね合いといった問題点が指摘され、また規制そのものの実効性も疑問視されている[71]

ニュースに対する社会全体からの信頼度は、日本においてはほぼ変化を見せていないものの全世界的に低下傾向にある[72]

ジャーナリズムと過剰性

犯罪の被害者や加害者に関しては、日本では20歳以下の少年に関しては少年法によって匿名での報道が法的に定められているものの、それ以外の場合は基本的に実名での報道が行われている。しかしこうした実名報道プライバシーの侵害や報道被害人権侵害につながるとされ、匿名での報道を求める声も上がっている[73]

記者たちの取材マナーやモラルの欠けた過剰な取材も大きな問題となってきている。例としては、事件が起きた際に報道各社が関係者の元に殺到して人々の日常生活を脅かすメディアスクラム[74]パパラッチの横行などが挙げられる。

このほか、犯罪に関する過剰に詳細な報道は市民の間の不安を増幅させ[75]模倣犯を生み出したり[76]、動機や手口までもが詳細に報じられることにより、新たな犯罪連鎖自殺が誘発されることがある。またニュースが娯楽化し、報道番組がショー化して、取材映像にBGMや効果音、あるいはテロップやナレーションを付加することにより必要以上に演出してしまう過剰演出も問題である。逮捕された容疑者裁判で有罪となる前から犯人と決めつけられる、いわゆる犯人視報道も人権上非常に大きな問題があるとされている[77]

報道によって個人の名誉毀損が起きることは珍しくなく、裁判所によって名誉毀損が認められた場合は損害賠償謝罪広告などの名誉回復処分を受けることが可能である。ただし、その報道に公共性と公益性があり真実である場合は名誉毀損罪の免責要件にあたり、罪に問うことはできない。名誉毀損と報道の自由は対立する関係にあり、適用範囲を巡って多数の裁判が起こされ、多くの判例が出ている[78]

ジャーナリズムと客観性

客観報道に対する考え方は媒体の種別によっても国によっても異なっている。

新聞社や雑誌社には社是として不偏不党を掲げる社がある[79]。2000年に制定された日本新聞協会「新聞倫理綱領」では「新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究である。報道は正確かつ公平でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない」としている[80]。一方で特定の政党や政治団体を支持している新聞や雑誌もある。また、新聞を政党や政治団体が発行していることも多い。米国ではニューヨーク・タイムズは政治報道では共和党より民主党に近い立場とされている[81]

客観報道の中身についてはさまざまな議論がある。数多く発生する事件やできごとに対し、どのニュースを選択し、どのような順序で、どれくらいの紙面・放送時間で報道するか、どの写真・映像を選択するかという決定のプロセスが介在するからである[80]。報道機関は、事件や事故といった事象に対し、報道する価値が「ある」「ない」といったふるい分けを行い、価値があると判断した事象を報道する[82]。判断する基準についてニクラス・ルーマンによれば

「驚き」「新奇さ」「断絶」「非連続」などの特性を備えており、広く報じる価値がある情報となる。そして、「驚き」などの判断基準はそのときどきの社会の状況によって異なるため、「同じような事件であっても、昔は報道されなかった(情報価値がなかった)のに、今では報道される(情報価値が生まれた)」といったことが、普通に起こりうる[83]

ここから報道に対する指摘の一つとして、「報道に「社会的責任」や「中立性」、「正義」などの「あるべき論」を求めるのは、そもそも間違っている」という考えが生まれる(ルーマン)[83]。報道は、社会的責任などの規範とは別次元の基準で情報を峻別し、多くの人が求めるものを報じる仕組みとなっている。そこへ外部から規範を基準として入れ込もうとしても機能するわけがない、ということである[83]

日本における客観報道の定義は曖昧であり、客観報道そのものに疑問を呈する意見もある。客観報道の定義は人によって千差万別で、定まった合意がないからである。記者クラブが持つ問題点と併せ日本の報道機関の偏向報道体質はよく批判され、客観報道は空想でしかないとの意見もみられる[84]

発表報道と調査報道

官公庁や捜査機関、各企業から記者会見プレスリリースなどで発表される情報を、精査や取捨選択することなくそのまま報じるような報道は発表報道と呼ばれ、画一的・一面的な報道や対象への無批判などを引き起こすため、あまり望ましくない報道姿勢とされている[85]。これの対照となるのが調査報道で、公的な発表に頼らず丹念な取材によってさまざまな情報を集め、それを積み上げて隠された事実を突き止める報道スタイルのことを指し、ジャーナリズムの神髄であるとされている[86]。一方で、調査報道は多大な費用と労力が必要な上まったくの空振りに終わることも多く、実施には困難が伴う[87]

ジャーナリズムの報道姿勢に関して、日本では記者クラブが問題とされることが多い。官公庁や各種業界団体に設置された記者クラブは加盟社記者の取材拠点となっており、当該団体から情報を迅速に引き出しやすく、また団体側からも発表が行いやすいというメリットがあるものの、団体から提供されるニュースソースで満足しそれ以上の掘り下げた取材を行わなくなることで発表報道に陥りやすい問題点があるとされている[88]

また、通常記事を作成する際には直接取材を行い、内容に関しても検証し誤りのないものとすることが求められるが、インターネットやSNSの発達に伴い、ネット上の有名人の発言などを取材なしにそのまま引き写して粗雑な記事を乱造することが問題となっている。これはコタツに入っていても作成できるような記事、すなわちコタツ記事と呼ばれ、ネットメディアやスポーツ新聞を中心にその乱造ぶりと記事作成姿勢が批判を浴びている[89]

様々な組織から要求されるガイドライン

  • 自殺報道ガイドライン - 2000年にWHO(世界保健機関)が発表、厚生労働省が従うよう要請している。
  • LGBTQ報道ガイドライン - 2019年3月に第一版が発表された[90]
  • 薬物報道ガイドライン - 2017年、偏向報道や無断撮影で叩くことより治療につなげるよう評論家の荻上チキが発表した[91]
  • ひきこもり報道ガイドライン‐ 2022年12月8日、偏見や無断撮影などを行うことに対して、弁護士、精神科医、当事者らが発表した[92]

ソーシャルメディアと報道

ソーシャルメディアの台頭は報道の性質を大きく変化させ、いわゆる市民ジャーナリストの出現を促した。2014年に米国のジャーナリストを対象として実施された研究では、参加者の40%が情報源としてソーシャルメディアに依存し、20%以上が事実収集にマイクロブログXフェイスブックのようなウェブサービスの総称)を用いていると回答した。これにより、近年の速報は、ソーシャルメディアに投稿される動画写真を含むユーザー生成コンテンツに端を発する場合が多いと結論づけられる。

回答者の69.2%はソーシャルメディアが受け手との接続を可能にしたと認めたものの、ニュースの信頼性に好影響を与えたと考える者は30%にとどまった。さらに、ピュー研究所が2021年に実施した調査では、米国人の86%が情報機器からニュースを得ていることが示された[93]

この結果、ジャーナリズムを、専従のジャーナリストによって書かれる個別の製品・記事というよりも、社会的媒介を担う公衆を含む多くの著者に分散したプロセスとして再考すべきだとする議論が生じている[94]

これらの変化により、ニュース媒体に対する信頼度は史上最低水準に達した。2014年の調査では、テレビニュースまたは新聞に対して「大いに」または「かなり」信頼していると答えた米国人は22%にすぎなかった[95]

フェイクニュース

Googleトレンドにおける「フェイクニュース」というトピック検索は、アメリカ大統領選挙の時期と重なる2016年後半から顕著な増加を示し始めた[96]

フェイクニュースとは、意図的に流布される虚偽の情報を指し、ソーシャルメディアやフェイクニュース専門サイトによって急速に拡散することがある。

フェイクニュースは、読者を意図的に誤解させて特定の大義、組織、または個人の利益に資することを目的とする。顕著な例として、2016年のアメリカ大統領選挙期間中にソーシャルメディア上でフェイクニュースが多数拡散したことが挙げられる。陰謀論、悪質な虚報、虚偽がニュース報道を装って流通し、特定の候補者に利益を与えた。

例として、存在しない新聞『The Denver Guardian』が掲載した、ヒラリー・クリントン電子メールに関する捏造記事がある[97]。こうした拡散について、多くの批評家はFacebookに責任があるとし、Vox英語版はとりわけFacebookのニュースフィード・アルゴリズムが、実質的に日々数十億回規模のフェイクニュースの拡散に関する編集上の判断を行っていると指摘した。

Facebook、X、TikTokなどのソーシャルメディアプラットフォームは、偽情報・フェイクニュースの流通経路とされる[98]。Facebookの最高経営責任者(CEO)マーク・ザッカーバーグは、この問題における同社の役割を認め、2018年4月20日のアメリカ合衆国上院司法委員会英語版・商業委員会の合同公聴会で次のように証言した。

現在明らかなのは、これらのツールが害を及ぼすために使われることを防ぐうえで、私たちが十分な対策を講じてこなかったということです。これはフェイクニュース、選挙への外国の介入、ヘイトスピーチ、そして開発者やデータ・プライバシーにも当てはまります。[99]

この語句は、ドナルド・トランプが大統領選挙運動中、そして大統領在任中に、自身への否定的な報道と彼がみなしたものを貶めるために用いたことで広まった[100]

トルコ[101]エジプト[102]インド[103]バングラデシュ[104]イラン[105]ナイジェリア[106]エチオピア[107]ケニア[108]コートジボワール[109]モンテネグロ[110]カザフスタン[111]アゼルバイジャン[112]マレーシア[113]シンガポール[114]フィリピン[115]ソマリア[116]などでは、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)に関する「フェイクニュース」を流布した疑いで、ジャーナリストが脅迫されたり逮捕されたりしている。

2022年3月4日、ロシアウラジーミル・プーチン大統領は、ロシア軍およびその作戦について「虚偽であることを知りながら」情報を公表した者に最長15年の禁錮刑を科す法案に署名し、これによりロシア国内の一部メディアはウクライナに関する報道を停止、あるいは媒体を閉鎖するに至った[117]。2022年12月時点で、ロシアのウクライナ侵攻に関連して「フェイクニュース」法のもとで4,000人以上が訴追され[118]、2022年2月以降、少なくとも1,000人のロシア人ジャーナリストが国外に脱出している[119]

ジャーナリズムと権力

ジャーナリズムと独裁国家

2002年から2013年に殺害されたジャーナリスト数の国別図[120]

日々のできごとに限らず建造物・風景・珍しい動植物など特に現代社会では人々はマスメディアの提供する情報を通して世界を認識することが多い[121]。このようなマスメディアの影響力から権力者にはその情報をコントロールしたいという志向が現れることがあり、現にいくつかの国々では厳しい情報統制が実施されている[122]。権力者によるマスメディアのコントロールが明確に表れるのがクーデター発生時であり、クーデターが発生すると情報によって市民や兵士の行動のコントロールを図るためまず放送局が占拠される[122]

情報統制の敷かれた国々では権力者にとって都合の良い情報だけが住民に伝わり、世界情勢や自国の置かれている状況も客観的に判断することが困難になる。一方、言論統制が形骸化して正確な報道が他国から入ってくる場合は独裁政権には不利となる。冷戦末期、西側諸国衛星テレビの情報は国境を越えて東欧諸国の人々の世界観や行動に影響を与え、東欧革命の大きな原動力となった[122]

独裁国家において、政府はジャーナリズムに対しさまざまな方法で統制を試みる。中華人民共和国を例に取ると、同国政府は2021年には、それまで認められていた民間企業の報道事業を禁止する案を公表している[123]。また2023年にジャーナリストに中国共産党への忠誠度を問う資格試験を課すと報じられた[124]。また香港においては、一国二制度のもとで高度な報道の自由が確保されていたが、2020年に中国政府の圧力の元で香港国家安全維持法が施行されて以降急速に言論の自由が失われていき[125]、2021年6月24日には中国に厳しい論調を取っていた新聞である蘋果日報が廃刊に追い込まれ[126]、さらに立場新聞などいくつかの民主派ネットメディアも停止される[127]など相次いでジャーナリズムへの弾圧を行った結果、報道の自由度ランキングが急落した[128]。その後も弾圧は続き、2022年9月7日には香港記者協会の会長が逮捕されている[129]

報道の自由の認められていない国家においては、ジャーナリストの逮捕・投獄は珍しくない。2022年一年だけでも、中華人民共和国を筆頭としてミャンマーイランベトナムベラルーシといった独裁国家を中心に、世界中で533人のジャーナリストが報道活動中に逮捕され投獄されている。また治安の安定していない地域では殺害されるジャーナリストも多く、2022年には年間で57人が報道活動中に殺害されている[130]

こうしたことから、独裁国家から亡命して国外から報道を続けるジャーナリストも多い。例として、2022年に自身の出演するテレビ番組において反戦活動を行ったマリーナ・オフシャンニコワは2023年2月にロシアから脱出し、フランスへと亡命した[131]

なお、発展途上国におけるジャーナリズムの確立は民主化や政府監視の観点で必須と見なされており、UNESCONGOの支援によって発展途上国のジャーナリズム教育支援が行われている[132]

ジャーナリズムと民主国家

こうした情報統制を防ぐために、民主主義国家においては表現の自由が保障され、報道の自由もその中において保障がなされている。このような自由はアメリカ独立戦争フランス革命などの市民革命の中で、新聞などの行う報道が世論の形成に大きな役割を果たしたことによって確立され、樹立された新政府においては自由権の一部として法的に表現の自由が認められるようになった[133]。日本においても、日本国憲法の第二十一条において「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」[134]との一文があり、この中で報道の自由は保障されている。さらに第二項では「検閲は、これをしてはならない」と定められており、検閲も明確に禁止されている[134]。報道の自由には取材の自由や媒体の流通・頒布の自由が含まれている[135]

しかし報道の自由が確立されたのちも、政府とマスメディアの間ではその自由の範囲をめぐってしばしば対立が起きている[136]軍事的・外交的なものを中心に重要事項がしばしば国家機密に指定され情報流出が制限される[137]一方、情報公開法が制定され政府の公文書等が一般に公開されるよう定められている国家も多くなってきている[138]。また、ジャーナリストの重要な職業倫理のひとつに取材源の秘匿が挙げられるが、刑事裁判においてはある程度の尊重はされるものの、どこまでそれが認められるかについては議論がある[139]

権力の監視、いわゆる「番犬」(ウォッチドッグ)機能はジャーナリズムにおいて非常に重視されており、権力悪の追求こそがジャーナリズムの使命であるとする論説も多い[140]。一方で、権力批判を至上命題とした場合ともすれば権力に従わない犯罪者をも擁護することになりかねず、善悪の転倒が起きる場合がある[141]

報道の自由を示す指標としては、国境なき記者団が毎年世界報道自由度指数を公表している[142]

ジャーナリズム自体の権力性

報道・ジャーナリズムは世論を形成することができるため社会的に非常に大きな影響力をもっており、それはジャーナリズムが権力性を帯びていることを意味する[143]。この権力は大きなもので、「立法」「行政」「司法」の3つの権力にこの「報道機関」(マスメディア)を加え、「第四の権力」と呼ぶ者もいる[144]

その他

優れたジャーナリズムに与えられる賞は多数存在し、なかでもアメリカで1917年に創設されたピューリッツァー賞はジャーナリズムにおける栄誉とされている[145]

関連項目

報道の種類

脚注

参考文献

外部リンク

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