祖父江逸郎
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愛知一中を経て、1943年に名古屋帝国大学医学部卒業。海軍軍医学校での訓練を経て軍医中尉となり、戦艦大和に乗艦。乗組軍医としてマリアナ沖海戦、レイテ沖海戦に従軍した。1945年1月に広島県江田島の海軍兵学校大原分校に転勤(乗艦していた大和は1945年4月沈没)。8月6日の広島原爆投下の3日後に現地調査を行った。
戦後は1950年代から多発した「薬害スモン」のほか、筋萎縮性側索硬化症(ALS)やパーキンソン病など難病の原因究明や治療法の開発に貢献。地域住民の健康増進や生活の質向上を目指す活動にも尽力した[2]。名古屋大医学部教授、名大病院長、国立療養所中部病院(現国立長寿医療研究センター)院長などを経て、1991〜2000年に愛知医科大学学長、2010〜2020年に公益財団法人長寿科学振興財団理事長をそれぞれ務めた。99歳まで現職[4]。