神代古墳
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位置
北緯34度36分32.07秒 東経135度43分16.35秒 / 北緯34.6089083度 東経135.7212083度座標: 北緯34度36分32.07秒 東経135度43分16.35秒 / 北緯34.6089083度 東経135.7212083度
規模
一辺20m以上
| 神代古墳 | |
|---|---|
|
横口式石槨露出部 | |
| 所在地 |
奈良県生駒郡斑鳩町龍田3丁目 (春日神社(瀧谷神社)境内) |
| 位置 | 北緯34度36分32.07秒 東経135度43分16.35秒 / 北緯34.6089083度 東経135.7212083度座標: 北緯34度36分32.07秒 東経135度43分16.35秒 / 北緯34.6089083度 東経135.7212083度 |
| 形状 | (推定)方墳または円墳 |
| 規模 | 一辺20m以上 |
| 埋葬施設 | 横口式石槨 |
| 築造時期 | 7世紀中葉 |
| 被葬者 | (一説)上宮王家一族 |
| 史跡 | なし |
| 地図 | |

春日神社(瀧谷神社)境内
右端に横口式石槨露出部。奈良盆地北西部、竜田川東岸に築造された古墳である。現在は春日神社(瀧谷神社)境内に所在する。現在までに墳丘南半が削平されて石槨も破壊されているほか、2019年度(令和元年度)に測量調査が実施されている。
墳形は削平のため明らかでないが、方形[1]または円形[2]と推定され、一辺(直径)20メートル程度を測る。埋葬施設は横口式石槨で、奥壁・両側壁の3枚のみが露出して確認される[1]。石槨の石材は花崗岩で、現状では内法は長さ2.6メートル・幅1.6メートルを測るが[1]、大正期の『龍田案内』では長さ約1丈(約3メートル)余り・幅7尺(約2.3メートル)程度・深さ7尺(約2.3メートル)程度で陶棺が入れてあったらしいとする[2]。副葬品は詳らかでない。
築造時期は、古墳時代終末期の7世紀中頃と推定される[1]。被葬者は明らかでないが、上宮王家の一員とする説がある[1]。付近では同様の終末期古墳として竜田御坊山古墳群(現在は消滅)が知られ、発掘調査では上宮王家の一員と推定される優品が出土していることから、竜田御坊山古墳群と合わせて斑鳩の首長系譜を考察するうえで重要視される古墳になる[1]。