1929年、兄で長野電鉄創設者の神津藤平方より分家した[3]。住所は長野県北佐久郡志賀村[2]、宮城県仙台市米ヶ袋下町[1][3]。
火成岩溶融現象を研究した。月長石のX線による研究で世界的に知られるようになった。日本岩石鉱物鉱床学会や日本火山学会の設立にも貢献し、日本の岩石学の近代化を推し進めた。
なお、1969年、岩手県田野畑鉱山(田野畑村)で発見された新種の角閃石には神津閃石の名が献名されている[5]。ただし、神津閃石の英名は2012年に Mangano-ferri-eckermanniteと名称変更されている。