神田ろ山

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神田 ろ山(かんだ ろざん)は、講釈師名跡

本名、小林寅吉(小林成光説もある)[1]1890年(明治23年)4月3日 - 1946年(昭和21年)6月4日[1]。享年56。

東京浅草蔵前の葬儀屋の子として生まれる[1]1907年3代目神田伯山に入門[1]。蘭山を名乗った後、1919年頃にろ山と改名[1]。1928年頃、師の十八番「清水次郎長伝」を浪曲師の2代目広沢虎造に教えたために、破門となる[1]。1931年、破門を解かれ、初代神田山陽5代目神田伯龍とともに、伯山門下の三羽烏と呼ばれた[1]わらわし隊参加者。

3代目神田伯山の芸風と演題をもっとも多く継承した人物とされ[1]、師の十八番「清水次郎長」を師同等に演じることで有名だった[2]。ただし、伯山自身の指導を受けたのは「夕立勘五郎」だけで、他は聞き覚えだったという[1]

2代目

3代目

脚注

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