福原尚虎
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来歴
- 1986年に上京し、専門学校卒業後、横浜「リトル・ダーリン」でDJ経験を積む。
- 1995年、 FMヨコハマの開局10周年特番に抜擢されて以来、レポーターとして神奈川県の全市区町村を踏破する。
- 1999年、「ラジオ黄金時代MIDNIGHT BEAT」 では、理想とするロックDJスタイルの確立に挑む。
- 2000年にスタートしたFMヨコハマのインディーズ専門番組「YOKOHAMA MUSIC AWARD」では600組を超えるアーティストを紹介、関連イベントを手掛け、ASIAN KUNG-FU GENERATION、RADWIMPS等、多くのメジャーデビューアーティストが巣立つ。
- 2004年にスタートしたテレビ神奈川インディーズ専門番組「YOKOHAMA MUSIC EXPLORER」では、横浜のインディーズ・シーンの評価の機運の高まりを受け、地元FM、テレビが連動した連動プロジェクトとなり、横浜の音楽シーンに一石を投じる存在となる。
- 大曲で生まれ育った福原は幼いころからラジオをよく聴く少年だったという。夢中になって聴いていたのがKTWR。当初は95年デビューの「こども探検隊」の隊長役でこれもまたFMヨコハマの企画であった。99年JFN系全国ネットの番組では前述の「理想とするロックDJスタイル」を求められて抜擢される。当時のプロデューサー曰く「リスナーに悪態をつきまくる最狂最悪のDJ」。反響がすさまじい分、大量の誹謗中傷も寄せられたという。他方でFMヨコハマでは多くのアーティストをストリートで見続けた。可能性を感じれば追いかけ、番組に反映させていくなどしていった。この功績が認められ2007年の民間放送連盟・ラジオエンターテイメント部門優秀賞を受賞。これはFMヨコハマにおいても開局以来の快挙であるという[1]