福島哲
From Wikipedia, the free encyclopedia
人物像
大正14年(1925年)3月、秩父宮が来陰した際、西田税は汽車に同車し、秩父宮と談笑した。西田と米子中学校(現・米子東高校)で同期だった福島は「西田が秩父宮様と汽車で御同車して談笑していたことは出迎えの西尾町長がびっくりして帰って役場で話し、町中の大評判になったものだ。今とちがって、天子さまの第二皇子といえば、それこそ雲の上の人、町長も署長でも緊張してコチコチに固くなっていたものだ。それを町の名もない仏具屋の小倅(こせがれ)にすぎない西田が、殿下とさしで話していたというのだから、町の評判にならぬ筈(はず)がない。西田の奴、大したもんだ。陸軍大将間違いなしだというので同級生は、わが事のように喜んだのを記憶している。それが間もなく軍人を止めたという噂に、またまたびっくりしたものだ」と語った。[2]