1917年(大正6年)4月6日、東京に生まれる。1940年(昭和15年)に法政大学法文学部哲学科を卒業する。
戦時中は徴用労働者として南方戦線(ハルマヘラ島)に投入され、その体験記『めもらびりあ―戦争と哲学と私』を1948年(昭和23年)に発表する。
1948年(昭和23年)、法政大学教授に就任する。
1959年、加太こうじ、柳田邦夫、タカクラ・テル、佐藤忠男らと「大衆芸術研究会」を創設。
1970年(昭和45年)に学園闘争で法政大学を辞職、その後、だれもができる哲学を主張し、生活者の感覚に根ざした哲学を追求した。
2002年(平成14年)12月11日に腎不全により死去、85歳。