福田晃
From Wikipedia, the free encyclopedia
福島県会津若松市出身[1]。1950年3月に福島県立会津工業高等学校を卒業後、5年間の社会人生活を経て、1955年4月に國學院大學文学部に入学する[1]。入学当初は、国語の教員をしながら小説を書く生活を送りたい、と考えていたため近現代文学を志し、当時同大学英文科で教鞭を採っていた丸谷才一と親交を深める[2]。ただし、丸谷は近現代文学を専攻することをよしとせず、同大学の中でも教学条件が整っている古典文学を専攻するように勧めたことで、その後の進路を決めた[2]。在学中は臼田甚五郎に師事した[1]。
1959年3月に國學院大學文学部を卒業する[1]。引き続き、同大学大学院日本文学専攻に進み、1962年3月に修士課程を修了後[1]、1965年3月に博士課程を単位取得退学した[1]。大学院在籍中、東京都立三田高等学校と東京都立足立高等学校で教員として勤務した[1]。
1965年4月に大谷女子短期大学助教授となり[1]、1966年4月大谷女子大学の専任講師を経て[1]、1968年4月に同助教授となる[1]。1971年4月に立命館大学文学部助教授に移り、1973年4月教授に昇進した[1]。1985年1月に「神道集説話の成立」で國學院大学より文学博士の学位を取得した[1]。
1997年3月、立命館大学文学部を定年で退職した[1]。同年4月同大学の名誉教授となる[1]、特任教授[1]。2002年3月、特任教授を退任した[1]。
2022年1月9日に死去(満89歳没)[1]。