福田馬之助
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尾張徳川家の家臣福田頼実の長男として[1][3]、美濃国(岐阜県)に生まれる。工部大学校に入学(6期生。造船科としては2期生)し、1884年(明治17年)5月に卒業[1]。同年10月、海軍三等工長として横須賀造船所在勤[1]。
1895年(明治28年)12月、呉鎮守府造船部造船科主幹[3]。1896年(明治29年)12月、造船監督官に発令され英国出張[1][4]。1901年(明治34年)1月に帰国[1]。1906年(明治39年)11月、海軍造船総監[1][4][5]。1915年(大正4年)2月、工学博士の学位を取得[1][3]。同年10月、海軍技術本部第四部長となり、1931年(昭和6年)7月、待命、1918年(大正7年)7月、予備役に編入された[1][4][5]。1919年(大正8年)海軍造船中将。
1936年(昭和11年)4月12日死去。死去に際し、祭資が下賜されたほか、同月15日に行われた葬送の際には、勅使が邸宅に訪れ幣帛が下賜された[6]。