秋富公正 From Wikipedia, the free encyclopedia 秋富 公正(あきとみ きみまさ、1921年〈大正10年〉2月27日 - 2016年〈平成28年〉4月21日)は、日本の官僚、経営者。 山口県出身[1]。秋田三一の次男として生まれ、秋富久太郎の養子となる[2]。妻は阿南惟幾の長女・喜美子[3][2]。 1944年に東京帝国大学経済学部を卒業。学徒出陣で大竹海兵団に入団し、短期現役海軍主計科士官(11期)を志願。同年2月、見習尉官となり海軍経理学校に入学。同年9月に卒業し、同年12月に海軍主計少尉に任官。第11海軍航空廠に配属され、1945年9月、主計中尉に進み終戦を迎えた[4]。 1946年に運輸省に入省[1]。1979年11月に日本鉄道建設公団副総裁に就任し、1983年5月には新東京国際空港公団総裁に就任[1]。 1993年4月に勲一等瑞宝章を受章した[1]。 2016年4月21日、膵臓癌のために死去[5]。95歳没。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 興信データ株式會社 2009, あ79頁. 1 2 「人事興信録 第19版 上」国立国会図書館デジタルコレクション ↑ 「大衆人事録 第10版」国立国会図書館デジタルコレクション ↑ 『海軍主計科士官物語〈短現総覧〉』55、701-702頁。 ↑ 秋富公正氏が死去 元新東京国際空港公団総裁2016年 4月21日 日本経済新聞 参考文献 『海軍主計科士官物語〈短現総覧〉』浴恩出版会、1968年。 興信データ株式會社『人事興信録 第45版 上』興信データ、2009年。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles