秋山大
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日露戦争終結後の明治39年に、父・真之と母・すゑの長男として生まれる。父の影響で宗教研究の道に進む。曹洞宗大学(今の駒澤大学)で学ぶ(聴講生のような身分で図書館を利用)。1933年、大倉精神文化研究所に入所(研究嘱託)。仏教史学者の鷲尾順敬に師事。渡辺三男と共に鷲尾編纂の「日本仏家人名辞典」増訂版の手伝いをする。大倉精神文化研究所の同僚である神道学者の西田長男は、秋山を「仏教美術史専攻の俊秀、頭脳明晰、大和の古仏について専門的な知識や見方などを教えられた」と回想する。
1943年10月、大倉精神文化研究所を退所。1946年11月24日に逝去。享年40。墓所は鎌倉霊園の秋山家[1]である。
著書に「現世信仰の表現としての藥師造像 日本佛教信仰の原初形態に關する史的研究」「古代發見」など。後者には、父・真之に関するエピソードが収録されている[2]。