秋田県旗
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概要
作者
秋田県章は公募した690点の中から、勝平得之らからなる選考委員によって選ばれたデザインである。最終的に決定した現在使用されているデザインは、群馬県吾妻郡六合村(現:中之条町)に住む応募者からのデザインであった。しかし応募者名は偽名であることが判明し、県は応募者に連絡を試み本人確認を行ったが、ついに返信が来ることはなかった。授賞式も欠席し、身元が不明のまま県章・県旗に正式決定した。
以後半世紀近く不明の状態が続いたが、2005年10月、ハンセン病回復者の里帰り事業で、身元判明につながる証言があった。群馬県吾妻郡草津町(六合村の隣町)の国立療養所栗生楽泉園の秋田県人会会長が挨拶の中で、「秋田県章は我々の僚友がこしらえたものなんです」と発言した。当時ハンセン病患者は隔離施設におかれ差別されていた。この療養所では20人程のグループがあり、公募されている旗章に応募しては賞金を生活費の足しにしていたという。なお、その応募者は既に他界しているという。