秋葉直樹
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野球好きだった父の影響で自分も興味を持ち、小学校3年生の頃に野球を始めた[1]。リトルリーグおよびリトルシニアで一塁手として野球を続けたが、ほぼ補欠で出場機会は少なかったという[1]。
千葉大宮高に進むと高校野球のレベルに圧倒されたが、練習後も自宅で1時間の素振りをするなどの努力もあり、1年生ながら夏の県大会ではレギュラーに選ばれている[1]。2年次の秋には新チームの主将になり、同時にチーム事情から投手に転向した[1]。あこがれのポジションだったため非常に嬉しく、走りこみや投げ込みを重ねたという[1]。3年次にはエースで四番となり、プロのスカウトも視察に来ていた[1]。
夏の県大会終了後、プロ志望を知っていた監督の勧めで巨人の入団テストを受験し、合格。1990年オフにドラフト外で契約金と年俸それぞれ2500万円、360万円(いずれも推定)で入団[2]。入団会見では桑田真澄や木田優夫を目標に挙げ、三振の取れる投手を目指すと話した[3]。しかし、肩を痛めてプロ生活は1年であった[1](野球協約改定によって翌年から球団の保有可能選手が「実質目減り」[4]する過渡期であった)。1992年は巨人で打撃投手を務めた。