Wikiwand AI

秦島麻呂

From Wikipedia, the free encyclopedia

生誕 不明
 
秦島麻呂(太秦嶋麻呂)
時代 奈良時代
生誕 不明
死没 天平19年6月4日(747年7月15日)
官位 従四位下・長門守
主君 聖武天皇
氏族 秦下→太秦公→秦忌寸
兄弟 弁正、島麻呂
子 藤原小黒麻呂室(他)
テンプレートを表示

秦 島麻呂(はた の しままろ)は、奈良時代の貴族。氏姓は秦下のち太秦公、太秦公忌寸。官位は従四位下・長門守。

聖武朝の天平12年(740年)平城京から恭仁宮に遷都されると、天平14年(742年)造宮録として恭仁京の垣を築造したことを賞されて、正八位下から十三階昇進となる従四位下に叙せられて、太秦公姓の賜姓を受けると共に、銭100貫・絁100疋・布200端・綿200屯を与えられた[1]。のち、造宮輔に昇格し、天平17年(745年)恭仁宮に派遣されて掃除を行っている[2]。

天平19年(747年)3月に長門守に任ぜられるが、同年6月4日卒去。最終官位は長門国守従四位下。

官歴

注記のないものは『続日本紀』による。

系譜

脚注

参考文献

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks