秦桐若丸
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秦 桐若丸(はたの/はだの[1] きりわかまる)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。黒田氏の家臣。
- 1丈(およそ3m)の旗指し物に唐団扇(とううちわ)を使用していた。これを見た敵は近付けず、近付いてから掲げられれば驚き引き退いたと言われる[2]。
- 『新書太閤記』では、10人力の壮士であり、「黒田の十団子」と世に知られ、山崎の戦いにおいて、踏み止まって寄せ手を持て余させていた明智方に対する。左右から切りかかる藤田藤蔵、藤田伝兵衛を切り、そこへ槍で突きかかってきた奥田市助、溝尾五右衛門を3ヶ所の傷を負いながらこれも切り倒した。しかし、翌年の正月、湯治していた有馬温泉の湯を飲んで腹痛を起こし、傷が破れて、40歳で亡くなったとされている。
- 大阪城天守閣が所蔵している、江戸時代後期製作の『山崎合戦図屏風』では、福島正則と並走する騎乗姿が描かれている。
- ↑ 桧垣元吉監修『福岡藩吉田家伝録』上巻(大宰府天満宮、1981年)p.125。
- ↑ 『常山紀談』